サステナブル投資インサイト
No.2
英国における地方公務員年金改革と
地域インパクト投資
2026年09月03日号
執筆者
サステナブル投資
リサーチヘッド
林 寿和
英国では2026年4月から6月にかけて、地方公務員年金制度の改革に向けた法改正等が行われました※1。改革の目玉の一つが、地方公務員年金の運用における「地域インパクト投資」の義務化です(なお、法令上の用語は「地域投資」(Local investment)ですが、分かりやすさの観点から「地域インパクト投資」と表記しています)。
具体的には、個々の地方公務員年金が策定する「投資戦略ステートメント」の中に、地域インパクトに関する目標、ターゲットとする具体的な地域、地域インパクト投資への投資額の範囲等を明記することが義務付けられました。さらに、地域インパクト投資の効果(インパクト)について年次報告を行うことも義務付けられています。
こうした地域インパクト投資は、年金給付に必要な投資リターンを確保するという大前提の下で行われるべきであることが明記されており、具体的な投資領域の例としては、「住宅」「地域再生」「インフラ」「クリーンエネルギー」「中小企業金融」「自然資本」の6つが挙げられています。
投資の資産クラスに特段の制約は設けられていませんが、公開市場を通じて行われる投資については、明確な地域への便益が立証できない限り地域投資とはみなされない、という考え方が示されています。
- Pension Schemes Act 2026 及び LGPS Pooling Regulations 2026、並びに法定ガイダンス Local Government Pension Scheme: Asset Pooling 及び Guidance on Preparing and Maintaining an Investment Strategy Statement 2026。
英国で発展したPBIIという概念が土台に
こうした改革の土台となったのが、英国の民間セクターを中心に発展した「プレース・ベースド・インパクト投資」(PBII:Place-Based Impact Investing)という概念です(以下、「英国PBII」)。冒頭で述べた法改正が念頭に置いている「地域インパクト投資」とは、実質的にこの英国PBIIのことを指しています。
英国PBIIは、インパクト評価等を手掛ける専門会社The Good Economyが、非営利機関Impact Investing InstituteおよびPensions for Purpose(現Investors for Purpose)と連携する形で、その概念の具体化と普及啓発を主導してきました。具体的には、同団体らが2021年に公表した提言書「Scaling Up Institutional Investment for Place-Based Impact」が、英国におけるPBIIムーブメントの火付け役となりました。この提言書において、PBIIの定義や特徴などが整理されるとともに、英国イングランド・ウェールズのすべての地方公務員年金の運用資産の5%(約160億ポンド、当時の為替レートでおよそ2.4兆円)をPBIIに振り向けることが提言されました。
この提言内容に大きな影響を及ぼしたのが、グレーター・マンチェスター年金基金(GMPF)です。英国の地方公務員年金の一つであるGMPFは、少なくとも2014年の早い時期から、実際に運用資産の5%を上限としてPBIIに取り組んできました。
最新の情報によれば、GMPFは、2024年末時点で運用資産の4.8%に相当する計15億ポンド(約3,000億円)を、44の地域投資ファンドに対して投資することをコミットしています(うち10億ポンド超が投資済み)。内訳は、不動産が37%、中小企業金融が25%、住宅が20%、インフラが17%などとなっており、そのインパクトは下表のように見積もられています。
先ほどの提言書が掲げた5%という水準は、こうした取り組みが参考にされた格好です。
表:GMPFの地域インパクト投資の成果
| 中小企業金融を通じた雇用支援 |
|
|---|---|
| 不動産主導の経済開発 |
|
| 地域に根差した優先開発ニーズへの対応 |
|
年金運用改革と一体で議論されてきた英国PBII
日本では、英国PBIIを、インパクト投資に関連する新たな投資概念や考え方として紹介する向きもあります。しかし筆者は、英国PBIIの概念や考え方自体は必ずしも目新しいものではないと考えています。むしろ新しいのは、英国PBIIムーブメントが、その当初(前掲の2021年の提言書)から、地方公務員年金の運用改革という資金の動員方法とセットで議論され、政策提言が行われてきた点にあると考えています。
2021年当時の英国は保守党政権下でした。首都ロンドンへの一極集中が続き、地方との経済格差が高止まりする中、「地域格差是正」(Levelling Up)を政策アジェンダに掲げていた、当時のボリス・ジョンソン政権がこのアイデアを取り入れ、2022年の政府の政策文書の中で、地方公務員年金の運用資産の5%を地域インパクト投資に振り向けるという野心を示しました。もっとも、ジョンソン政権は、この野心の実現を見る前に退陣することとなりました。
その後、2024年に政権交代を経て、新たに政権与党となった労働党のキア・スターマー政権にも、この路線は引き継がれ、むしろ加速されることとなりました。同政権下のレイチェル・リーブス財務相は、就任直後から年金基金の投資促進や制度の見直しを掲げ、推進してきました。その結果が、2026年4月から6月にかけて行われた一連の法改正等です。これにより、冒頭で述べた形で地域インパクト投資が地方公務員年金に義務付けられることになったのです(なお投資額については、一律に運用資産の5%ではなく、各地方公務員年金がその実情に応じて決めることとされました)。
バーナム新政権の誕生
その後、英国では、2026年6月にスターマー首相が退陣を表明し、同年7月、同じく労働党のアンディ・バーナム氏が新首相に就任しました。バーナム氏は、奇しくもグレーター・マンチェスター市長を経て首相になった人物であり、地域格差の是正や地域経済の再生に強い関心を持つ人物として知られています。グレーター・マンチェスターは、前述のとおり、PBIIのモデルケースとなったGMPFの本拠地です。
バーナム新政権は、地域インパクト投資にとって、さらなる推進力となる可能性があります。
日本への示唆
日本においても、少子高齢化や人口減少などを背景に、地域には様々な課題が山積しています。こうした状況の中、地域課題解決の担い手としての地域インパクト投資への期待は高く、日本政府も、その機運醸成とすそ野拡大に取り組んでいます。
また、日本は英国と異なり、地方銀行・信用金庫・信用組合など地域に根ざした金融機関が数多く存在している点が特徴で、地域インパクト投資(融資を含む)の主な担い手として期待されています。
とはいえ、日本においても、例えば全国市町村職員共済組合連合会が「アセットオーナー・プリンシプルの受け入れ表明」の中で、「組合員(被保険者)の利益のために長期的な収益を確保していく中で、ESGの考慮に当たり、地方創生・地域活性化に対する取組を考慮要素の一つとしている」ことを明らかにするなど、地域インパクトという視点は、年金基金にとっても重要な視点になりうるものと考えられます。
こうした中、今般の義務化を受けて、英国においてますます活発化すると予想される地域インパクト投資の取り組みは、日本に対しても多くの示唆をもたらすことが期待されます。英国における地域インパクト投資の新たな展開に引き続き着目するとともに、日本の市場関係者等に向けた情報発信に取り組んでいきたいと考えています。
- 英国PBIIを含む年金基金による地域インパクト投資の動向については、拙稿「年金基金による地域経済等への貢献を志向する投資:米国ETIと英国PBIIを中心に」(『月刊資本市場』2026年8月号)において、より詳しく解説しています。よろしければ、併せてご一読ください。
- 内容は執筆者の個人的見解であり、当社の公式見解を示すものではありません。
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