クオンツトピックス

No.37
ESGはプラスかマイナスか?
をファイナンス理論で解く(4)

2026年06月24日号

写真(鹿子木)

データ・AI&
クオンツリサーチヘッド
鹿子木 亨紀

AIを活用した運用業務の変革、およびクオンツリサーチを主導。資産運用業務へのAI活用について研究開発および情報発信を行っている。以前には、グローバル資産運用会社の日本拠点立ち上げに運用部門責任者として参画したほか、マルチマネージャー運用、国内外株式運用、金融機関向け経営コンサルティングに従事。著書に『生成AIが資産運用を変える』、翻訳書に『ファイナンス機械学習』『期待リターン』『分散投資を超えて』など。

写真(木村)

ファイナンシャル
テクノロジー運用部
木村 嘉明

ニッセイアセット入社後、リスク管理、国内外株式領域のリサーチ・運用業務等に従事。2025年よりファイナンシャルテクノロジー運用部にて、主に計量的手法・AIを活用したクオンツリサーチおよび投資戦略の開発を担当。

写真(塚本)

ファイナンシャル
テクノロジー運用部
塚本 恵

ニッセイアセット入社後、ファイナンシャルテクノロジー運用部にて主に機械学習を含む数理的な定量的手法、オルタナティブデータを活用した新たな投資戦略の研究開発を担当。

第4回(最終回):理論を現実のデータに当てはめる

  • 実際にESGはプラスかマイナスか?日本株での実証分析

1. はじめに

本連載では、サステナブル投資をファイナンス理論で読み解く基礎となる論文(以下、PFP論文)を解説してきました。

Pedersen, L. H., Fitzgibbons, S., & Pomorski, L. (2021). Responsible investing: The ESG-efficient frontier. Journal of Financial Economics, 142(2), 572-597.

連載のここまでの内容を振り返ると、

  • 第1回:問題設定。ESGがリターンを動かす2つの力(情報 \(\lambda\)、選好 \(\pi\))と、3タイプの投資家(U/A/M)を導入した
  • 第2回:ミクロの視点。ESG-SRフロンティア上で、リターン・リスク・ESGのトレードオフを検討した
  • 第3回:マクロの視点。ESG-CAPMの3つのシナリオで、市場の状態によって期待リターンがプラスにもマイナスにもなりうることを示した

連載最終回となる第4回では、ここまで解説してきた理論を現実のデータで実証します。環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)それぞれの指標において、市場はシナリオ1〜3のどこに位置しているのか。PFP論文の実証分析と、新たに行った日本株市場での実証分析の両面から答えていきます。

2. 実証のアプローチ

あるESG指標がリターンに対してプラスかマイナスかを判断するには、これまで解説してきた2つの力をそれぞれ測定する必要があります。PFP論文はこれを3段階で行っています。

  • 将来ファンダメンタルズの予測:ESGスコアは将来の利益を予測するか(情報の力 \(\lambda\))
  • 投資家需要の測定:投資家はそのESG指標を意識して銘柄を保有しているか(選好の力 \(\pi\))
  • バリュエーションと事後リターン:1.と2.の綱引きの結果、株価は割安・割高のどちらなのか(バリュエーション)、その後のリターンはプラスだったかマイナスだったか

以下、PFP論文が分析対象とした4つのESG指標について、実証結果を順番に見ていきます。

PFP論文の実証結果(米国市場)

3. 4つのESG指標に対する実証結果まとめ(米国市場)

PFP論文では、ESGの異なる側面を捉える以下4つの指標を分析しています。

指標 ESG 定義
MSCI ESGスコア ESG統合 業界調整済みの総合ESGスコア(0〜10)
カーボン排出量(-) E スコープ1・2の炭素排出量を売上高で除した炭素集約度(カーボンインテンシティ)。符号を反転して「グリーン度」とする
Non-sin銘柄ダミー S Hong and Kacperczyk (2009) に従い、タバコ・ギャンブル・武器関連を「sin(罪銘柄)」とし、それ以外を1とする
アクルーアル(-) G 会計発生高の総資産比。値が小さい(保守的会計)ほどガバナンス良好と解釈し、符号を反転

この4指標に対し、前記の3段階のステップで⾏ったPFP論⽂の検証のまとめは以下のとおりです。検証対象は米国株式(S&P500)ユニバースです。

指標 情報\(\lambda\) 選好\(\pi\) バリュエーション 実現リターン データ期間
MSCI ESGスコア ほぼ0 中程度 割高 有意でない 2007/01-2019/03
カーボン排出量(-) まちまち 強い 割高 弱いマイナス 2009/01-2019/03
Non-sin銘柄ダミー ほぼ0 強い 中⽴ 弱いマイナス 1963/01-2019/03
アクルーアル(-) 中程度 割安 有意にプラス 1963/01-1963/01-

この検証結果を、連載第3回で紹介したシナリオで解釈してみると以下のようになるのではないでしょうか。

  • MSCI ESGスコア︓\(\lambda\) も\(\pi\) も中程度、実現リターンは有意でない→情報が織り込まれたシナリオ2に近い
  • カーボン(E)︓\(\lambda\) は傾向がみられないが気候意識の高い投資家の需要(\(\pi\))が強く割高化しており、実現リターンはマイナス→ 選好の⼒が優勢なシナリオ2と3の中間
  • Non-sin(S)︓\(\lambda\) はほぼゼロだが、non-sin銘柄への強い選好(\(\pi\))でsin(罪)プレミアムが生じている→ 選好が価格を動かすシナリオ3に近い
  • アクルーアル(G)︓\(\lambda\) は強いが、価格に織り込まれておらず割安、実現リターンはプラス→ タイプUがまだ多く残るシナリオ1に近い

一口に「ESG」と言っても、市場の状態、つまり情報の⼒と選好の⼒のバランスはそのサブ要素ごとに異なっており、データを用いてそのメカニズムを分析することが⼤切ということが、PFP論⽂の実証分析部分のメッセージです。

G指標(アクルーアル)の日本株市場での検証

4. ⽇本株市場での検証

さてPFP論⽂は、米国株式を対象に実証分析を⾏い、G(ガバナンス)指標として採用したアクルーアルは将来業績予測⼒があり(\(\lambda \gt\) 0)、かつまだバリュエーションに織り込まれていないシナリオ1(タイプU:ESG無視の市場)にあり、優れた実現リターンを提供しているという実証結果を報告しています。
果たしてこのシグナルがまだ有効なのかを検証して、有効ならば運用戦略に組み込みたいというのがクオンツの人情というものです。
そこで今回、筆者は⽇本株市場においてアクルーアルの有効性の追加検証を実施しました。

アクルーアルとは

まず、アクルーアルとは何かを再度確認しておきましょう。アクルーアルは⽇本語では「会計発生高」と呼ばれ、利益とキャッシュフローの差で計算されます。ある会社が売上を計上すると会計上の利益となりますが、実際に顧客から入⾦されるまでキャッシュフローとはなりません。「利益は意⾒、キャッシュは事実(earnings are an opinion, cash is fact)」という言葉もありますが、アクルーアルが⼤きい企業は利益をアグレッシブに計上している可能性がある、すなわち企業ガバナンスに問題がある可能性がある、というアイデアです。逆に低アクルーアルの会社は保守的な会計姿勢でガバナンスが良好、というのがガバナンス(G)の代理変数としてアクルーアルを計測する考え方となります。

検証1: アクルーアルは企業の将来業績を予測するか︖ → 結論︓する

まず、アクルーアルが将来のROAを予測するかを以下のクロスセクショナル回帰モデルによって検証しました。

\[ ROA_{i,t+12} = \alpha_t + \lambda_t ACC_{i,t} + \beta^T_t X_{i,t} + \epsilon_{i,t} \]

\(ROA_{i,t+12}\):12か月先のROA(営業利益 / 総資産)
\(ACC_{i,t}\):現時点のアクルーアル(営業利益 – 営業CF / 総資産)*(-1)
\(X_{i,t}\):コントロール変数(log_MCAP, log_BPR, ROA_t)

その結果、

\[ \hat{\lambda} = 0.0498、 t = +6.52  \]

と、有意な正の予測⼒が確認されました。低アクルーアル銘柄ほど将来の収益性が高いという関係は、米国市場と同様に⽇本市場でも有意に成⽴しており、\(\lambda \gt \) 0 が⽇本でも確認されました。

  • 分析期間は2005年1月〜2024年12月。対象ユニバースは東証上場⽇本株。Fama-MacBeth法(月次クロスセクションOLSの時系列平均)により推定。\(\hat{\lambda}\)は月次クロスセクション回帰係数の時系列平均値。t値はNewey-West修正標準誤差に基づく。

アクルーアルのリターン予測⼒は失われた

検証2:アクルーアルは将来リターンを予測するか︖ → 結論︓以前は予測⼒があったが、失われた

続いて実現リターンの分析を⾏いました。高アクルーアル銘柄をショート・低アクルーアル銘柄をロングする戦略の実現リターンを⾒ると、全サンプル期間ではプラスだったものの、以下のような時系列推移となりました。2010年初頭まではこの戦略はプラスのリターンを示していたものの、それ以降は横ばいになっています。

累積リターン(%)

  • 出所︓ニッセイアセットマネジメントが作成
  • 注:分析期間は2005年1月〜2024年12月。毎月末時点でアクルーアルを5分位に分類し、翌月の対TOPIX超過リターンを等加重平均し、Q1(低アクルーアル)- Q5(高アクルーアル)でリターン計算。取引コスト・市場インパクトは未控除。

この結果は、本連載で解説してきたフレームワークで解釈できます。2010年初頭までの⽇本市場は、ガバナンス情報が価格に十分織り込まれていないシナリオ1の状態にあり、低アクルーアル銘柄が割安に放置されてプラスのリターンを生んでいました。しかしその後、市場参加者がこの情報の価値に気づいて株価に織り込まれるようになり、シナリオ2へと移⾏したと思われます。

これは連載第3回でも述べた、「市場参加者の学習によってシナリオ1からシナリオ2へ移⾏し、アルファが消失する」という現象が、⽇本のガバナンス指標で実際に観察されたことを意味します。米国においても、書籍第4章でも引用しているBebchuk, Cohen, Wang(2013)が、ガバナンス指標の予測⼒が市場の学習によって消失したことを報告しており、⽇本市場での今回の結果はこれと整合的です。

この研究では、その原因は市場が学習したからだと結論付けている。これは、本書で言及したESG無視からESG考慮の市場への移⾏と実質的に同じである。また研究は、この推測を裏付ける追加的な証拠も示した。再評価が進んだ時期と、メディアでさかんにコーポレートガバナンスが言及されていた時期が一致したのだ。

『サステナブル投資のパズルーファイナンスで読み解くESG』ルーカス・ポモルスキ著第4章p.77

まとめ

5. 連載全体のまとめ

本連載の「結局のところ、ESG投資は儲かるのか、儲からないのか︖」という問いへの答えは、

「ESGがリターンにプラスかマイナスかは、
ESGの要素によって、
市場がどの状態にあるかによって、異なる」

というものです。一⾒、何の答えにもなっていないようですが、PFP論⽂のフレームワークを用いれば、これを情報の⼒ \(\lambda\)、選好の⼒ \(\pi\)、3タイプの投資家(U/A/M)の構成比というパラメータに分解して理解することが可能になります。

運用実務で特に意識しておくべき点を再度まとめておきます。

  • 総合ESGレーティングではなく、サブ要素ごとに分析することが重要。情報の⼒と選好の⼒のバランスは要素によって全く違う。
  • \(\lambda \gt\) 0が確認される要素については、ESGインテグレーション(タイプA戦略)が投資効率を改善しうる。ガバナンスはその好例で、⽇本株での実証でも\(\lambda \gt\) 0が確認された。
  • ただし、市場は静的ではない。⽇本においてアクルーアルが2010年頃にシナリオ1からシナリオ2へ移⾏したように、情報が株価に織り込まれればアルファは消失していく。過去のリターン実績をそのまま将来に外挿することはできない。
  • 選好(\(\pi\))が強いESG要素では、実現リターンが高くても期待リターンが将来も高いとは限らない。選好シフト(再評価)が一巡した後はむしろ期待リターンは低下する。

ESGとリターンの関係はイデオロギーや印象で語られがちですが、ファイナンス理論で分解すれば構造的に理解できます。そして理論を現実のデータで検証することによって、実務に役⽴つ示唆が得られます。本連載がその一助となれば幸いです。

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