クオンツトピックス

No.34
ESGはプラスかマイナスか?
をファイナンス理論で解く(1)

2026年04月09日号

写真(鹿子木)

データ・AI&
クオンツリサーチヘッド
鹿子木 亨紀

AIを活用した運用業務の変革、およびクオンツリサーチを主導。資産運用業務へのAI活用について研究開発および情報発信を行っている。以前には、グローバル資産運用会社の日本拠点立ち上げに運用部門責任者として参画したほか、マルチマネージャー運用、国内外株式運用、金融機関向け経営コンサルティングに従事。著書に『生成AIが資産運用を変える』、翻訳書に『ファイナンス機械学習』『期待リターン』『分散投資を超えて』など。

写真(木村)

ファイナンシャル
テクノロジー運用部
木村 嘉明

ニッセイアセット入社後、リスク管理、国内外株式領域のリサーチ・運用業務等に従事。2025年よりファイナンシャルテクノロジー運用部にて、主に計量的手法・AIを活用したクオンツリサーチおよび投資戦略の開発を担当。

写真(塚本)

ファイナンシャル
テクノロジー運用部
塚本 恵

ニッセイアセット入社後、ファイナンシャルテクノロジー運用部にて主に機械学習を含む数理的な定量的手法、オルタナティブデータを活用した新たな投資戦略の研究開発を担当。

はじめに

  • ESGは投資リターンにプラスか、マイナスか
  • ESGは資産価格にどう影響するか

1. この連載について

「結局のところ、ESG投資は儲かるのか、儲からないのか?」
この問いには両極端の主張が存在し、そのバランスも時期によって振り子のように振れているようです。

…サステナブル投資をめぐる見解は二極化し、政治色を帯びてきている。擁護派は、サステナブル投資こそが唯一理にかなった投資方法であり、主要な環境・社会目標の達成に不可欠な要素だと主張する。一方で否定派は、サステナブル投資は運用リターンを損ない、経済全体に害を及ぼす反資本主義者の陰謀だと非難する。こうした両極端な意見は、少なくとも一部は間違っている。

出所:『サステナブル投資のパズルーファイナンスで読み解くESG』 ルーカス・ポモルスキ著 第1章

また、

  • 「ESGが重要といっても、何でもかんでも重要なわけではないだろう」
  • 「ESGは人気化して、もう株価に織り込まれたのではないか」

など、市場参加者がなんとなく感じていることもあると思います。

本連載では、こうした問いに答えるための理論的なフレームワークを与えてくれる一本の論文(以下PFP論文と呼びます)を深堀り解説します。

Pedersen, L. H., Fitzgibbons, S., & Pomorski, L. (2021). Responsible investing: The ESG-efficient frontier. Journal of Financial Economics, 142(2), 572-597.

この論文の結論を先に述べると、次のようになります。

ESGがリターンにプラスかマイナスかは、
「ESGが将来の利益を予測する力(情報)」と
「投資家の人気(選好)」の
2つの力によって決まる。

PFP論文は上記の主張を、理論と実証の両面で明らかにしています。本連載では、このメカニズムについて解説していきます。

2. 関連書籍

本連載で解説するPFP論文の著者の一人であるLukasz Pomorski氏は、2024年に”The Puzzle of Sustainable Investing – What Smart Investors Should Know”を出版しました。本連載の筆者(鹿子木)はこの書籍の日本語版翻訳をすすめ、『サステナブル投資のパズルーファイナンス理論で読み解くESG』(ルーカス・ポモルスキ著、中山 桂 訳、鹿子木 亨紀 監訳、金融財政事情研究会、2026年4月)として出版しました。

書籍は主に2章・3章で、本連載で解説するPFP論文の内容も含めたトピックを、数式を一切使わずに直観的な解説をしています。言葉で説明されるより数式のほうがわかりやすいというクオンツの方は本連載を、日本語で説明してもらうほうがいいという方は書籍をご参照ください。
また書籍ではこのほかに、ESGの測定(4章)、エンゲージメント・インパクト投資(5章)、オルタナティブ投資におけるESG(6章)などのトピックもカバーしているので、ぜひ手に取っていただけると幸いです。

「情報」と「選好」のメカニズム

3. 「情報」「選好」という2つの力(メカニズム)のイメージ

ESGがリターンを動かす2つの力について説明します。

情報の力:ESGは将来キャッシュフローを予測するのか(\(λ\))
ESGにおいて優れた企業は、規制対応が進んでいたり、従業員や地域との関係が良好だったりして、将来の利益やリスクがそうでない会社と比べて違う可能性があります。この「ESGは将来を予測する情報である」という見方を、論文ではパラメータ\(λ\)(ラムダ)で表現します。\(λ\)はESGスコアが将来業績を予想する情報としての強さを表し、\(λ>0\)は高ESGほど将来高収益となることを示します。
もしESGが本当に有用な情報で、かつ市場がまだそれを織り込んでいないなら、高ESG銘柄は「将来よくなるのに今は安い」状態。すなわち高ESG=高リターン、となることもあり得るということです。
選好の力:投資家がESGをどれだけ好むかで価格が動く(\(π\))
一方で、ESGにおいては投資家が「それ自体を好む」場合があります。例えば同じ収益予想の会社ならば高ESG企業を選びたいという投資家の選好です。ESGに対する人気度といってもよいでしょう。
この選好が市場で強くなると何が起こるか。高ESG企業に資金が流入して株価が上がり、期待リターンが下がります。割高であっても高ESG企業を保有したい投資家が増えるとこの状態になります。
つまり高ESG=低リターンとなるわけです。
論文では、この選好を投資家の効用関数に\(f(s)\)として追加し、\(π\)(パイ)という「ESG選好の強さ」を表すパラメータを導入します。

ESGリターン:情報 vs. 選好の統一理論

ESGがリターンに与える影響は、将来の利益を予想する「情報」と投資家の「選好」の綱引きで決まる。

【プラスになるケース】
情報(将来の利益予測)

メカニズム:
ESGスコアが高い=実は将来の高収益・低リスクを示唆
多くの投資家(ESG無関心層)がこの情報に気づいていない。
結果:
株価が割安に放置される。
ESG投資家が超過リターン(アルファ)を獲得。

結論:ESGリターンは『将来利益予測力(情報)』と『投資家人気(選好)』のどちらが強いかで決まる。

【マイナスになるケース】
選好(人気投票)

メカニズム:
リターンが低くてもESGスコアが高い企業を持ちたい投資家(ESG選好層)が多数。人気により株価が吊り上がる。
結果:
株価が高くなり、将来期待リターンが低下。
ESGはコスト(コスト・オブ・キャピタルの低下)

出所:生成AIを用いてニッセイアセットマネジメントが作成

投資家の3タイプ

4. 投資家の3タイプ

PFP論文ではこのメカニズムを理論によって導いていきます。その理論を本連載で解説していきますが、そのためにまずは記号を導入します。

  • \(r^f\): リスクフリーレート
  • \(r\): 各資産の超過リターン(ベクトル)
  • \(x\): 各資産のウェイト(ベクトル)
  • \(s\): 各資産のESGスコア(ベクトル)

ポートフォリオの平均ESGスコアは\(\bar{s}=\frac{x's}{x'1}\)と表されます。分母の\(x'1\)はポートフォリオの株式比率で、フルインベストメント(キャッシュが0)の場合は\(x'1=1\)なので、ポートフォリオの平均ESGスコア\(\bar{s}=x's\)となります。

さて、市場には多様な投資家が参加しています。
PFP論文では、投資家を以下の3タイプに分類してモデル化します。

  • タイプU: ESG-unaware(ESG無視の)投資家
  • タイプA: ESG-aware(ESG意識の)投資家
  • タイプM: ESG-motivated(ESG志向の)投資家

タイプU(ESG無視の)投資家は、投資対象資産のESGスコアに興味もないし見てもいません。彼らの各資産の期待リターンは \(E(r)\) 、リスクは \(var(r)\) と表され、どちらもESGスコアには依存しません。今どきいかなるESG情報も見ていない投資家というのは考えづらいかもしれませんが、あえて言うなら超短期でトレードを行う高頻度取引業者やマーケットメーカーなどは、ESGも含めて企業のファンダメンタル情報を見ていない投資家といえるかもしれません。

タイプA(ESG意識の)投資家は、投資判断する際にESGスコアを考慮します。これを数式で表すと彼らの各資産の期待リターンは\(\mu=E(r|s)\) 、リスクは \(\Sigma=var(r|s)\)と表され、リスクとリターンがESGスコア\(s\)に条件づけられています。これはいわゆる「ESGインテグレーション」で、運用プロセスにESGの観点を取り入れている投資家はこのタイプAに分類されます。ESG情報を活用するファンダメンタル投資、ESG要素を特徴量として取り入れるクオンツ投資などが該当します。

タイプUとタイプAの投資家は、それぞれの見通し(期待リターン\(\mu\)とリスク\(\Sigma\))をもとに、通常のマーコヴィッツの平均分散最適化によってポートフォリオを選択します。

\[ \mathop{max}_{x\in{X}}\left( x'\mu - \frac{\Upsilon}{2}x'\Sigma x \right) \]
  • \(x\): ポートフォリオのウェイト(ベクトル)
  • \(\mu\): 期待超過リターン(ベクトル)
  • \(\Sigma\): リターンの分散共分散行列
  • \(\Upsilon\): 相対リスク回避度

タイプM(ESG志向の)投資家はESGを分析に取り入れるだけでなく、さらに一歩進んで、より高いESGスコアを選好します。明示的にESG目標を掲げるESGテーマファンドや、スクリーニング制約のあるファンドが相当します。
タイプMの投資家はポートフォリオ選択の際に、高い期待リターンと低いリスク(=高いシャープレシオ)を選好するのに加えて、高いESGスコアも求め、この2つのトレードオフを考慮しつつポートフォリオを選択します。このポートフォリオ選択を数式で表すと以下のようになります(以下、各数式の番号はPFP論文の式番号)。

\[ \mathop{max}_{x\in{X}}\left( x'\mu - \frac{\Upsilon}{2}x'\Sigma x + f(\bar{s}) \right) (4) \]

ここで\(f(s)\)は投資家のESG選好を表す関数です。

連載の後半では、この3タイプの投資家(U/A/M)が市場においてどの割合で存在するかが、前節で触れた「情報の力」「選好の力」のバランスに影響することを示します。イメージはこんな感じです。

  • 情報の力(\(\lambda\))が効くのは、ESGを情報として扱う投資家(タイプA、タイプM)が増える局面
  • 選好の力(\(\pi\))が効くのは、ESGを好む投資家(タイプM)が価格を押し上げる局面

ESG効率的フロンティア

5. ESG効率的フロンティア:チラ見せ

さて上記のタイプMの投資家のポートフォリオ選択はどうすれば解けるでしょうか。
式(4)の第一項はリターン、第二項はリスク、第三項はESG、の3つの要素のトレードオフとなります。
このポートフォリオ選択問題の解は連載第2回で詳しく解説しますが、ここではその概要だけ図示します。

通常の平均分散最適化は、X軸にリスク、Y軸にリターンを取って効率的フロンティアを描きます。
PFP論文が提案する「ESG効率的フロンティア」は、リスク・リターンをシャープレシオ(SR)という一つの数字にまとめ、SRとESGのトレードオフを図示したものになります。

Panel A: ESG-efficient Frontier

出所:Pedersen, Fitzgibbons, Pomorski (2021) のFig.1 Panel A

X軸にESGスコア、Y軸にシャープレシオ(SR)を取って最適ポートフォリオを描くと、このような山型の曲線となります。なぜこの形状になるか、この形状が意味するところは何かを、第2回でじっくりと解説します。

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