クオンツトピックス

No.31
深層学習を組み込んだ確率ボラティリティモデル(1)

2025年09月09日号

写真(木村)

ファイナンシャル
テクノロジー運用部
木村 嘉明

ニッセイアセット入社後、リスク管理、国内外株式領域のリサーチ・運用業務等に従事。2025年よりファイナンシャルテクノロジー運用部にて、主に計量的手法・AIを活用したクオンツリサーチおよび投資戦略の開発を担当。

写真(塚本)

ファイナンシャル
テクノロジー運用部
塚本 恵

ニッセイアセット入社後、ファイナンシャルテクノロジー運用部にて主に機械学習を含む数理的な定量的手法、オルタナティブデータを活用した新たな投資戦略の研究開発を担当。

確率ボラティリティモデルと深層学習を組み合わせてみよう

  • ボラティリティクラスタリング等のボラティリティダイナミクスについて
  • 移動平均の構造を持つリカレントニューラルネットワークについて

0. 予備知識、キーワード

基本的な金融工学、深層学習、時系列解析の知識を仮定します。

キーワード
確率ボラティリティモデル、リカレントニューラルネットワーク、移動平均

1. イントロダクション

金融市場における価格変動の不確実性、すなわちボラティリティは、リスク管理や資産価格評価において極めて重要な役割を果たします。一方、従来の確率ボラティリティモデル(SVモデル)ではクラスタリング現象等を表現できるものの、非線形性や長期記憶性を十分に表現しきれないという限界があります。これらの課題に対処する手段として、深層学習(リカレントニューラルネットワーク:RNN)が注目されています。今回は、RNNの1つであるStatistical Recurrent Unit(SRU)をSVモデルに統合したSR-SVモデルを紹介し、ボラティリティのより柔軟なダイナミクス表現を目指します。

2. 確率ボラティリティモデル(Stochastic Volatility:SVモデル)

金融工学におけるボラティリティ変動モデルの1つで、時系列のリターン\({yt}\)に対して以下の式で表されます。式(1)のように、対数ボラティリティを線形のAR(自己回帰)構造で表現しているため(ボラティリティが潜在変数であるため)、例えばGARCHモデル等と比較して現実の金融市場に近い振る舞いをすることが知られています。[Watanabe]

\( z_{t} = μ + \phi(z_{t-1} - μ) + η_{t}, η_{t}~N(0, {σ_{η}}^{2}) (1) \) \( y_{t} = \exp\left(\frac{Z_{t}}{2}\right)ε_{t}, ε_{t}~N(0,1)i.i.d. (2) \)

金融市場では、ボラティリティが一度上昇すると、ボラティリティが高い時期が続く傾向があり、そのショックの大きさをパラメータ\(\phi\)で測ることができます。特に\(\phi\)が1に近いほど、ショックの持続性が高いことを表します。一方、上記のモデルでは複雑なダイナミクス、例えば非線形性や長期記憶的な自己依存性を適切に捉えることが難しいという弱点があります。こうした弱点を克服するために、次節では深層学習のリカレントニューラルネットワーク(RNN)の構造を考えていきます。

3. Statistical Recurrent Unit(SRU)

時系列データをモデル化する際、遅延値に基づいて時間的効果を明示的に表現するARやARMA等の統計モデルの他、時間的効果を潜在変数として暗黙的に表現する方法があります。RNNは後者のアプローチに属し、潜在変数は過去の情報を保持しつつ更新されます。今回紹介するStatistical Recurrent Unit(SRU)は、リカレントニューラルネットワーク(RNN)の一種であり、計算効率を大幅に向上させつつ、時系列データや系列データに対して高い性能を持ちます。

\( r_{t} = \psi(W_{h}h_{t-1} + b_{r}) (3) \)
\( \phi_{t} = \psi(W_{r}r_{t} + W_{x}x_{t} + b_{\phi}) (4) \)
\( h_{t}^{(a_j)} = a_{j}{h_{t-1}}^{(a_j)} + (1 - a_{j})\phi_{t}, h_{t} = ({h_{t}} ^{(a_1)} , ・・・, {h_{t}}^{(a_m)})^T (5) \)

ただし、 \(\psi\)は(非線形な)活性化関数で、通常はSigmoid関数やReLU関数等を使います。また、式(5)のように、ネットワーク内で移動平均を使用して隠れ状態を伝播させるという特徴があります。\(a=(a_1,⋯,a_m )∈(0,1)^m\)は移動平均のパラメータであり、このように時期が異なる複数の移動平均を使用して隠れ状態を伝播させることで、短期~長期の依存構造を捉えることができる点が本モデルの長所です。以降は、式(3)~(5)の構造をまとめて\(h_{t}=SRU(x_{t},h_{𝑡−1} )\)と表すことにします。 [Nguyen]

SR-SVモデルの構造

4. Statistical Recurrent Stochastic Volatilityモデル(SR-SVモデル)

本節では、SVモデルにSRU構造を組み込んだモデルについて紹介します。

\( h_{t} = SRU((η_{t-1}, z_{t-1}), h_{t-1}) (6) \)
\( η_{t} = β_{0} + β_{1}h_{t} + ξ_{t}, ξ_{t}~N(0,σ^{2})i.i.d. (7) \)
\( z_{t} = η_{t} + \phi{z_{t-1}} (8) \)
\( y_{t} = \exp\left( \frac{Z_{t}}{2} \right)ε_{t}, ε_{t}~N(0,1)i.i.d. (9) \)

式(6)のSRU構造を再掲します。ここでは簡略化のため、SRU構造の移動平均を1種類とします。

\( r_{t} = \psi(W_{h}h_{t-1} + b_{r}) (10) \)
\( \phi_{t} = \psi(W_{r}r_{t} + W_{η}η_{t-1} + W_{z}z_{t-1} + b_{\phi}) (11) \)
\( h_{t} = ah_{t-1} + (1-a)\phi_{t}, a∊(0,1) (12) \)

なお、式(8)は以下のように変形できます。

\( z_{t} \)
\( = (β_{0} + β_{1}h_{t} + ξ_{t}) + \phi{z_{t-1}} \\ = β_{0} + β_{1}SRU((η_{t-1}, z_{t-1}), h_{t-1}) + \phi{z_{t-1}} + ξ_{t} (13) \)

式(13)において、SRU構造の係数\(𝛽_1\)を「非線形・長期記憶係数」と呼びます。また、\(𝛽_1=0\)の場合に通常のSVモデルと一致するため、SVモデルはSR-SVモデルの特殊系と考えることが可能です。次節では、これらのモデルについて比較を行っていきます。

図表1:SR-SVモデルの計算グラフ

複雑なボラティリティダイナミクスの表現

5. ボラティリティの非線形構造と長期記憶性について

冒頭でも述べましたが、SVモデルではボラティリティの非線形性や長期記憶性を十分に表現しきれないという限界があり、これらの課題に対処する手段として、SR-SVモデルを紹介しました。これらのことについて考察を深めていきます。まず、非線形性については

\( z_{t} = μ + \phi(z_{t-1} - μ) + η_{t}, η_{t}~N(0, {σ_{η}}^{2}) (1) \)
\( z_{t} = β_{0} + β_{1}SRU((η_{t-1}, z_{t-1}), h_{t-1}) + \phi{z_{t-1}} + ξ_{t} (13) \)

とあるように、式(1)のSVモデルは線形のAR構造しかないのに対して、式(13)のSR-SVにはSRU構造由来の非線形項があり、この部分からボラティリティの非線形性を表現することが可能です。次に、長期記憶性を考えるために、自己相関関数(ACF)を計算します。\(𝑧_𝑡-𝜇\)を\(𝑧_𝑡\)と書き直して、ラグ数を\(k\)とします。SVモデルの場合のACFの分子(自己共分散)は、次の通りになります。

\( Cov(z_{t}, z_{t-k}) \)
\( = Cov(\phi{z_{t-1}} + η_{t}, z_{t-k})\\ = \phi{Cov(z_{t-1}}, z_{t-k})\\ = \phi{Cov}(\phi{z_{t-2}} + η_{t-1}, z_{t-k})\\ = \phi^{2}Cov(z_{t-2}, z_{t-k})\\ = ・・・\\ = \phi^{k}Cor(z_{t-k}, z_{t-k})\\ = \phi^{k}\displaystyle\frac{{σ_{η}}^{2}}{1 - \phi^{2}} (14) \)

この式は、\(k\)が大きくなるにつれて自己相関が指数関数的に減衰していくことを意味します。すなわち、SVモデルは短期記憶しか保持できないということが示されました。一方、SR-SVモデルの場合

\( z_{t} \)
\( = η_{t} + \phi{z_{t-1}}\\ = η_{t} + \phi(η_{t-1} + \phi{z_{t-2}})\\ = η_{t} + \phi{η_{t-1}} + \phi^{2}z_{t-2}\\ = ・・・\\ = \displaystyle\sum_{j=0}^\infty \phi^{j}η_{t-j}\\ = \displaystyle\sum_{j=0}^\infty \phi^{j}β_{0} + \displaystyle\sum_{j=0}^\infty \phi^{j}β_{1}h_{t-j} + \displaystyle\sum_{j=0}^\infty\phi^{j}ξ_{t-j} (15) \)

からACFの分子(自己共分散)が求まり

\( Cov(z_{t}, z_{t-k}) = {β_{1}}^{2}\displaystyle\sum_{i=0}^\infty \displaystyle\sum_{j=0}^\infty \phi^{i}\phi^{j}Cov(h_{t-1}, h_{t-k-j}) + other \)

を得ます。SRU構造、すなわち移動平均を用いたRNNにより、隠れ層である\(h_{t}\)についても中長期的な自己相関が生じると考えることができます。したがって、SR-SVモデルには長期記憶性を持つことが分かりました。

自己相関関数(ACF)の比較、まとめ

長期記憶性について、実際のシミュレーションで比較をします。以下は、基準となる時点と、1~50のラグそれぞれの自己相関をプロットしたグラフです。SVモデルの方が短いラグで相関がほぼ無くなるのに対して、SR-SVモデルの方は比較的自己相関を維持しています(長期記憶性を持ちます)。

図表2:SVモデル、SR-SVモデルの自己相関関数(ACF)の比較

6. まとめ

理論的考察とシミュレーション結果から、SVモデルは線形性・短期記憶性、 SR-SVモデルは非線形性・長期記憶性を持つことが示されました。金融市場の複雑なボラティリティダイナミクスを効果的に捉えることで、より現実的なボラティリティ予測とリスク管理が実現できると期待されます。次回はこれらのモデルのパラメータ推定について考察したいと思います。

参考文献

  • [Watanabe] 渡部敏明,ボラティリティ変動モデル,朝倉書店, (2000)
  • [Nguyen] T.-N. Nguyen,他,A Statistical Recurrent Stochastic Volatility Model for Stock Markets,(2022)

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