サステナブル投資インサイト
No.1
PRI制定から20周年を迎えて思うこと
~ショートターミズム是正と機関投資家の連携・協力の視点から~
2026年06月25日号
執筆者
サステナブル投資
リサーチヘッド
林 寿和
2026年4月27日、PRI(責任投資原則)はその制定から20周年を迎えました。20周年を記念するイベントは英国を皮切りに世界各地を巡り、2026年5月18日には東京でも開かれました。東京証券取引所で開かれたセレモニーには、PRI署名機関である公的年金・共済年金・保険会社などのアセットオーナーや資産運用会社の首脳陣が参加の下、代表者5名が東証の名物ともいえる鐘を打ち鳴らし、20周年を祝いました。
写真:東京証券取引所で開かれた記念セレモニー(筆者撮影)
PRIは、責任投資関連の活動の中で、世界で最も成功したと言えます。わずか65の署名機関で2006年にスタートした活動が、今では80か国以上、5,000を超える署名機関を有しています。2006年のPRI制定は世界の金融史に名を刻む歴史的な転換点だったといっても過言ではないでしょう。
20周年にあわせて、PRIから「責任投資の未来」(The Future of Responsible Investing)と題したレポートが署名機関向けに共有されました。このレポートでは、責任投資が目指すべき目標として、具体的に以下の2つが掲げられています。
- 目標1:責任投資がすべての投資となること
- 目標2:責任投資がシステムレベルのリスクに対処するために進化すること
このコラムでは、この2つの目標の含意を、筆者なりの視点から考察してみたいと思います。
サステナブル投資の普及により市場のショートターミズム(短期志向)は是正されたのか?
第1の目標に関しては、少なくとも外形的には目標達成に向かって着実に進んでいるように見えます。日本サステナブル投資フォーラム(JSIF)の調査によれば、日本のサステナブル投資合計額は2025年時点で671兆7,645億円(前年比+7.4%)、総運用資産残高に占める割合は63.4%と報告されています。伝統的な株価指数に連動するパッシブ運用などを除けば、今日では多くの投資が何らかサステナブル投資に該当するまでになっています。
ここで、市場全体の3分の2近くを占めるまでに拡大したサステナブル投資がもたらした実質的効果について考えてみたいと思います。
かねてより、長期志向が求められるサステナブル投資が普及することで、近年、企業と投資家の間に広がっているとされる「ショートターミズム」(短期志向)の是正につながることが期待されてきました。例えば、2014年に政府が取りまとめ、産業界・金融界に大きな影響を及ぼした「伊藤レポート」は、まさにこの問題に切り込んだレポートでした。
統合報告書を通じて企業から開示されるサステナビリティ関連情報も、投資家による長期的視座に立った企業価値評価と投資判断に役立つもの、すなわち市場のショートターミズム是正に資するものとして奨励されてきました。国際会計基準(IFRS)財団の下に設置された国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が2023年に開発・設定した「サステナビリティ開示基準」も、こうした考え方を踏襲しています。
ところが、昨今の短期的に揺れ動くボラタイルな市場、そしてその背後にある地政学リスクの顕在化など不安定化する世界情勢によって、サステナビリティ関連情報という長期的なファクターの重要性が低下し、逆に短期的なファクターの重要性が高まることで、むしろ市場のショートターミズムが悪化しているのではないかという懸念も聞こえてきます。
過去に筆者は、日本の株式市場のショートターミズムについて統計的な検証を行ったことがあります(その結果は、『証券アナリストジャーナル』2013年12月号に査読付き論文として掲載されています)。この論文は、当時のバンク・オブ・イングランドの金融安定担当エグゼクティブ・ディレクターだったAndy Haldane氏らが、米国および英国の株式市場を対象に、ショートターミズムの存在を統計的に明らかにした2011年の論考に触発され、日本の株式市場に同じ分析手法を適用したものです。その発見事項は、日本の株式市場においても、2001年以降、投資家がショートターミズムに陥っている可能性を示唆するものでした。
筆者の論文では2003年までの期間しかショートターミズムの存在を実証できていませんが(当時の時点で分析が可能なのは2003年まででした)、昨今の状況をみていると、少なくとも外形的にはサステナブル投資が普及したにも関わらず、市場のショートターミズムは十分に是正されていない可能性を感じさせます(統計的な検証は稿を改めて取り組んでみたいと思います)。「責任投資がすべての投資となること」という第一の目標は、市場のショートターミズムの是正という古くからあるテーマとも、引き続き密接に関係する可能性があります。
システムリスクへの対処に向けて機関投資家の連携・協力は進んでいくのか?
「責任投資の未来」レポートで掲げられた第2の目標は、「システムレベルのリスクへの対処」です。
ここでいう「システムレベルのリスク」とは、具体的には、気候変動や自然資本の毀損、所得格差や不平等の拡大といったシステムレベルの課題に起因するリスクを指しています。例えば、自然資本が毀損し、それに依存していた企業活動が全てストップすると、企業が生み出すキャッシュフローはゼロになります。仮にそうなれば、機関投資家のポートフォリオの価値も大きく損なわれるでしょう。こうしたものがシステムリスクの顕在化であり、それを未然に防ぐため、責任投資はシステムレベルの課題の解決に貢献できるように進化すべき、というわけです。
とはいえ、いくら資産規模が大きく、影響力のある機関投資家であったとしても、一民間組織が単独でシステムレベルの課題が解決できるほど物事は簡単ではないと考えられます。もし可能であるなら、すでに課題は解決済みのはずだと言ってもよいかもしれません。
システムレベルのリスクへの対処に向けて重要になると筆者が考えるのは、機関投資家による連携・協力の在り方です。
筆者は過去に、経済学におけるゲーム理論の枠組みを当てはめて、機関投資家の連携・協力について考察した論文を執筆したことがあります(その結果は、『日本経営倫理学会誌』第27巻(2020年)に査読付き論文として掲載されています)。
ゲーム理論の枠組みを用いることで浮かび上がるのは、機関投資家が連携・協力することで皆がプラスの利得を得られるはずであるにもかかわらず、実際には機関投資家の連携・協力が行われず、結果として皆が損をする「社会的ジレンマ」状態が発生し得る、ということです。システムレベルのリスクへの対処に向けては、このような「社会的ジレンマ」状態をいかに回避するか、すなわちの連携・協力をいかに促すか、が重要になってくると考えられます。幸いにして、ゲーム理論に基づく筆者の考察に基づけば、システムレベルのリスクへの対処といった、パイを奪い合うような競合性のないテーマにおいては、機関投資家の連携・協力は相対的には成立しやすいことが明らかとなっています。可能性はありそうです。
80か国以上、5,000を超える署名機関を有するPRIのような活動は、システムレベルのリスクへの対処に向けた機関投資家の連携・協力の促進という観点からも、引き続き極めて大きな意義を有していると考えられます。
今後に向けて
このコラムでは、PRI20周年を迎えて思うことを私見として述べました。PRIは世界の金融システムに「責任投資」という新たな規範を根付かせることに成功しました。65の署名機関から始まった小さな合意が、今や80か国以上・5,000を超える署名機関を有する国際的な潮流となったこと自体が歴史的偉業といっても差し支えないでしょう。とはいえ、まだまだ道半ばの課題も多いと考えられます。今後はますます、責任投資の量的な拡大から、市場や社会の変化という質的な効果が問われていくことになると考えられます。
- 内容は執筆者の個人的見解であり、当社の公式見解を示すものではありません。
お知らせ
2015年10月より定期発行してきた「ESGレター」は、2026年6月から「サステナブル投資インサイト」として新たなスタートを切ることとなりました。本媒体はニュースメディアではないため必ずしも速報性はないかもしれませんが、サステナブル投資の実務に携わる現場の視点を大切にし、独自の切り口からさまざまなトピックについて情報提供を行っていきます。引き続きご愛読ください。
サステナブル投資インサイト
関連記事
- 2026年06月24日号
- ESGはプラスかマイナスか?をファイナンス理論で解く(4)
- 2026年05月29日号
- ESGはプラスかマイナスか?をファイナンス理論で解く(3)
- 2026年04月30日号
- ESGはプラスかマイナスか?をファイナンス理論で解く(2)
- 2026年04月09日号
- ESGはプラスかマイナスか?をファイナンス理論で解く(1)
- 2026年01月13日号
- ランダム行列理論を用いた市場構造分析
「サステナブル投資インサイト」ご利用にあたっての留意点
当資料は、市場環境に関する情報の提供を目的として、ニッセイアセットマネジメントが作成したものであり、特定の有価証券等の勧誘を目的とするものではありません。
【当資料に関する留意点】
- 当資料は、信頼できると考えられる情報に基づいて作成しておりますが、情報の正確性、完全性を保証するものではありません。
- 当資料のグラフ・数値等はあくまでも過去の実績であり、将来の投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。また税金・手数料等を考慮しておりませんので、実質的な投資成果を示すものではありません。
- 当資料のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。
- 手数料や報酬等の種類ごとの金額及びその合計額については、具体的な商品を勧誘するものではないので、表示することができません。
- 投資する有価証券の価格の変動等により損失を生じるおそれがあります。
