クオンツトピックス
No.35
ESGはプラスかマイナスか?
をファイナンス理論で解く(2)
2026年04月30日号

データ・AI&
クオンツリサーチヘッド
鹿子木 亨紀
AIを活用した運用業務の変革、およびクオンツリサーチを主導。資産運用業務へのAI活用について研究開発および情報発信を行っている。以前には、グローバル資産運用会社の日本拠点立ち上げに運用部門責任者として参画したほか、マルチマネージャー運用、国内外株式運用、金融機関向け経営コンサルティングに従事。著書に『生成AIが資産運用を変える』、翻訳書に『ファイナンス機械学習』『期待リターン』『分散投資を超えて』など。

ファイナンシャル
テクノロジー運用部
木村 嘉明
ニッセイアセット入社後、リスク管理、国内外株式領域のリサーチ・運用業務等に従事。2025年よりファイナンシャルテクノロジー運用部にて、主に計量的手法・AIを活用したクオンツリサーチおよび投資戦略の開発を担当。

ファイナンシャル
テクノロジー運用部
塚本 恵
ニッセイアセット入社後、ファイナンシャルテクノロジー運用部にて主に機械学習を含む数理的な定量的手法、オルタナティブデータを活用した新たな投資戦略の研究開発を担当。
第2回:ESG効率的フロンティア
- ESGを意識するとき、投資家のポートフォリオ選択はどう変わるのか
本連載では、サステナブル投資をファイナンス理論で読み解く基礎となる論文(PFP論文)を解説しています。
Pedersen, L. H., Fitzgibbons, S., & Pomorski, L. (2021). Responsible investing: The ESG-efficient frontier. Journal of Financial Economics, 142(2), 572-597.
参考文献として、上記論文の内容も含む翻訳書『サステナブル投資のパズルーファイナンス理論で読み解くESG』(ルーカス・ポモルスキ著、中山 桂翻訳、鹿子木 亨紀監訳、金融財政事情研究会)もご参照ください。
1. 第2回のゴール:ESG入りのポートフォリオ選択、トレードオフを明らかにする
連載第1回では、問題設定をするとともに、ESGがリターンを動かす2つの力(情報\(\lambda\)、選好\(\pi\))と、3つの投資家タイプU/A/Mを導入しました。そして、ESG選好を持つタイプM投資家のポートフォリオ選択問題を、
として、リターン・リスク・ESGの3要素のトレードオフとして定式化しました。
言葉で説明すると、タイプM投資家は 「期待リターン」-「リスクペナルティ」+「ESGからの効用」を最大化するポートフォリオを選ぶ、となります。
今回はPFP論文に従ってこの最適化問題を解き、最適ポートフォリオ \(x\) を求めます。数式の式番号は、元論文に従ってつけています。
再び記号を確認しておきます。
- \(r\):各資産の超過リターン(ベクトル)
- \(x\):各資産のウェイト(ベクトル)
- \(s\):各資産のESGスコア(ベクトル)
- \( \mu = E(r \mid s) \):条件付き期待超過リターン
- \( \Sigma = var(r \mid s) \):条件付き共分散
- \( \bar{s} = \frac{x's}{x'1} \):ポートフォリオの平均ESGスコア
シャープレシオとESG選好のトレードオフ
2. シャープレシオとESGのトレードオフ
さて、(4)式から \(x\) を求めるにあたって、目標とするリスクレベル \( \sigma=\sqrt{x' \Sigma x}\) とESGスコア \( \bar{s}=\frac{x's}{x'1} \) をいったん固定し、その条件下で期待リターン \(x' \mu \) を最大化するポートフォリオを考えます。
この条件下で期待リターンを最大化することは、そのESGスコアにおける最大シャープレシオ \( SR(\bar{s}) \) を達成することと同義です。期待リターン \( x'\mu \) はシャープレシオ×リスクなので、(4)式は以下のようになります。
次に最適なリスク \(\sigma\) を決めるため、(7)式を \(\sigma\) について微分してゼロと置き、\(\sigma\) について解いて最適なリスク量 \(\sigma^*\) を求めます。
最適なリスク量は最大シャープレシオに比例し、リスク回避度 \(\gamma\) に反比例します。
これを(7)の中身に代入すると
最適化問題の解は、目的関数全体に定数 \(2\gamma\) を掛けても変わらないので、整理すると(4)(7)は
となります。これがPFP論文の命題1(Proposition 1)です。
命題1: ESGとシャープレシオのトレードオフ
投資家のポートフォリオ選択は、
(8)式によってシャープレシオとESG選好のトレードオフとして表される。
(8)式の第一項 \( (SR(\bar{s}))^2 \) はシャープレシオ(の2乗)でありポートフォリオの純粋な効率性を表し、第二項 \( 2\gamma f(\bar{s}) \) はESGに対する投資家の選好度を表します。タイプMの投資家はこの合計を最大化するようなESGレベル \( \bar{s} \) をESG効率的フロンティア上から選択することになります。
最適ポートフォリオ
3. 投資家の選好の強さが、ポートフォリオ選択に及ぼす影響
では、次にこの式(4)および(8)を最大化する最適ポートフォリオの中身がどうなるのかを求めてみましょう。それが論文の命題3(Proposition 3)です。
命題3:目標とする平均ESGスコア \(\bar{s}\) に対し、
最適ポートフォリオ \(x\) は次式で求められる。
(10)式の計算過程は論文のAppendixに譲りますが、ここではこの式のお気持ちを解説します。
通常の平均分散アプローチ(マーコウィッツの最適化)の解は \(x=\frac{1}{\gamma}\Sigma^{-1}\mu\) で求められます。(10)式は従来の期待リターン \(\mu\) を、ESG調整済み期待リターン \(\mu + \pi(s - 1\bar{s})\) に置き換えた形をしています。
これは直観的には、「ある銘柄のESGスコア \(s\) が目標とする平均スコア \(1\bar{s}\) より高ければ、その銘柄の期待リターンを主観的に上方修正する」ということです。この時にかかる係数が \(\pi\) であり、投資家がどれくらいESGを選好するかの「選好の強さ」を表します。
4. ESG-SRフロンティアの形状と3種類の投資家
さてここまで解説してきた数式が、視覚的にどのような意味を持つのかを確認してみましょう。
縦軸にポートフォリオの投資効率(最大シャープレシオ)、横軸にESGスコアを取った「ESG-SRフロンティア」を描くと、このような山型の形状になります。
ESG-efficient Frontier
出所:Pedersen, Fitzgibbons, Pomorski (2021) のFig.1 Panel Aを一部修正
なぜこのような形になるのでしょうか。そして、連載第1回で導入した3つのタイプの投資家はどこに位置するのでしょうか。
なぜフロンティアは山型になるのか
この山の頂点は、ESGスコアを一切気にせず、純粋に市場の全情報を使ってシャープレシオだけを最大化した「接点ポートフォリオ」です。
図2-3はもう一つ重要なことを教えている。それは、シャープレシオが最大となるポートフォリオは常に一つしかないということである。これは単なる仮定ではなく、偉大なるハリー・マーコウィッツのポートフォリオ理論が示す一般的な結論だ。
出所:『サステナブル投資のパズルーファイナンスで読み解くESG』 ルーカス・ポモルスキ著 第2章 p32
この頂点のESGスコアから離れて、より高い(あるいはより低い)ESGスコアを目標として設定することは、最適化問題において制約を追加することを意味します。その場合達成できる最大値(シャープレシオ)は必ず下がります。これが、頂点から離れるほどなだらかに下っていく「山型」になる理由です。
3種類の投資家はフロンティアのどこに位置するのか
3種類の投資家はどこを選ぶのか
- タイプA(ESG考慮の)投資家
- 位置:山の頂点
- 理由:タイプAの投資家はESGに対する選好はありませんが、ESGが将来のリターンやリスクを予測する有用な情報であることを知っています。そのため、すべての情報をフル活用して、純粋にシャープレシオが最大になる山の頂点を選びます。「ESGインテグレーションがポートフォリオにプラスである」というのは自明といえるのではないでしょうか。
- タイプM(ESG志向の)投資家
- 位置:頂点より右側の斜面(フロンティア)上のどこか
- この投資家はESGへの選好 \( f(\bar{s}) \) を持ち、式(8)で見たようにポートフォリオの効率性\(SR\)とESG選好のトレードオフを検討したうえで \( \bar{s} \) を選択します。図1で表すとフロンティア曲線上、接点ポートフォリオの右側に描かれた*印がそれです。高いESGスコアを求めれば求めるほど\(SR\)は低下するというトレードオフの関係にあります。タイプMの投資家は自らのESG選好に合わせて、式(8)を最大化するレベルの \( \bar{s} \) を選択します。
ここで注目すべきは、ESGを多少追い求めても、経済的魅力の低下は限定的であり、このトレードオフがきわめて割安である点だ。
出所:『サステナブル投資のパズルーファイナンスで読み解くESG』 ルーカス・ポモルスキ著 第2章 p33
- タイプU(ESG無視の)投資家
- 位置:フロンティアの下側
- 理由:この投資家はそもそも\(\mu\)と\(\Sigma\)をESG情報を完全に無視して推定するので、タイプA、Mの投資家に比べ少ない情報で投資判断をすることになります。したがってその最適ポートフォリオはフロンティア上ではなく、フロンティアの下側に位置します。つまり非効率な地点に沈んでしまうわけです。
まとめと次回の予告
5. おわりに:第2回のまとめと次回の予告
第2回のまとめ:ポートフォリオ選択
今回は「ESGを意識するとき、投資家のポートフォリオ選択はどう変わるのか」について数式を用いて解説してきました。重要なポイントは3つです。
- 意思決定の分解(命題1)
ESG投資の意思決定は、市場データから客観的に決まる「ESG-SRフロンティア」と、投資家自身の主観的な「ESGへの選好」の2つに分けて考えられる。 - 期待リターンの主観的調整(命題3)
最適なポートフォリオは、通常の期待リターンに対して、ESGへの選好に応じて期待リターンを上方修正することで求められる。 - フロンティア上の各投資家タイプの位置
情報をフル活用するタイプAの投資家が最も効率的(山の頂点)であり、ESGを好むタイプMは投資効率とESGのトレードオフを引き受け(頂点の右側)、情報を無視するタイプUは非効率なポートフォリオ(山の下側)に甘んじることになる。
第3回の予告:ESG-CAPMとリターン決定のメカニズム
今回の議論で、「個別の投資家がどのようにポートフォリオを組むべきか」というミクロの視点を解説しました。PFP論文が次に考えるのは「市場にこれらタイプU、タイプA、タイプMの投資家が存在して取引を行うとき、株価や期待リターンはどう決まるのか?」という問いです。
次回、連載第3回では「市場全体の均衡(マクロの視点)」を考えます。PFP論文のもう一つの核心である「ESG-CAPM(ESG調整済み資本資産価格モデル)」と論文の図表(Fig. 2)を解説し、「ESGは結局、リターンにプラスなのかマイナスなのか?」という本連載の問いに答えます。
そこで登場するのが、今回も登場した投資家のESG選好の強さを表す選好の力\((\pi)\)と、ESGが将来の企業のファンダメンタルズ(利益)を予測する力を表す情報の力\((\lambda)\)という2つのパラメータです。これらがどのように綱引きをしてリターンを動かすのか、そのメカニズムを解説します。
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