吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』

No.17
長期投資スタンスで注目のガバナンス(2)

2020年09月17日号

投資工学開発室
吉野 貴晶

金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。

投資工学開発室
髙野 幸太

ニッセイアセット入社後、ファンドのリスク管理、マクロリサーチ及びアセットアロケーション業務に従事。17年4月より投資工学開発室において、主に計量的手法やAIを応用した新たな投資戦略の開発を担当する。

  • “開示”か“未開示”ということで判断できるガバナンス指標のうち、“取締役会の出席率”は、将来のリターンと関係があるものとして注目される。

今回は6月8日の「長期投資スタンスで注目のガバナンス(1)」に続いて、ガバナンス(企業統治)シリーズの第2回目です。前回は、業績連動型報酬制度といった“実施”か“未実施”という視点で判断できるガバンス指標を分析対象にしましたが、今回は一歩踏み込んで、会社が“開示”か“未開示”という視点で判断できるガバナンス指標を分析します。たとえ、実施していても、そのことを開示していなければ、株主などのステークホルダーには、その情報が伝わりません。開示は経営の透明性を高めるうえで重要なポイントです。例えば、会社法によって、上場企業の社外取締役に対しては、取締役会の出席率を開示することが求められますが、社内取締役に関しては出席率の開示義務はありません。社内取締役が取締役会に出席することは当たり前と見られるために、あえて開示の必要はないとの考え方が背後にあるのかもしれません。とは言え、社内取締役の出席率まで開示することは、企業経営の透明性を高める取り組みの一端として評価されるのではないでしょうか。

分析結果は下表の通りです。社内取締役の出席率を“開示”している企業の平均的なリターンは+1.65%、“未開示”は▲0.05%となりました。なお、これらの値は一般に統計的な有意性を指摘する両側10%有意とはなりませんでした。しかし、開示企業は、未開示企業と比べて将来のリターンがプラスとなる傾向が示唆されている可能性はあります。

具体的な分析方法は、東証1部企業を対象に毎年1回、9月末時点で取得できるCSR報告書などの公表情報を使って、“開示”と“未開示”の企業群に分類し、2020年1月までの過去5年間の月次株価収益率の平均を比較しました。しかし、“開示”と“未開示”はそれぞれ、企業規模や市場全体との連動性など異なる属性の企業が含まれています。こうした属性をコントロールするため単純なリターンの平均をとるのでなく、ファーマ・フレンチ(FF)が示す手法で調整後のリターンを平均して分析しています。※1

表:開示と未開示で判断するガバナンス指標とリターンとの関係:社内取締役の取締役会出席率

  • (注)各月において各変数を基準に、分析対象銘柄について実施と未実施のそれぞれ等金額ポートフォリオを構築する。そして、それぞれのポートフォリオの翌月のリターンを被説明変数、FF3ファクターを説明変数とする時系列回帰分析の切片項を示している。いずれも値は12倍して年率換算。
  • 出所:NEEDS Cges をもとにニッセイアセットマネジメントが作成。
内容 Fama-French 3 ファクターアルファ スプレッド(開示-未開示)
未開示 開示
t値 t値 t値
取締役会出席率 -0.05% -1.33 1.65% 1.08 1.70% 1.09

実は、分析の結果、様々ある“開示”と“未開示”に関するガバナンスの指標のうち、比較的、将来のリターンとの関係があると思われるものは、前述した社内取締役の取締役会出席率のみとなりました。

過去には、“役員報酬の額または算定方法決定方針”を開示する企業群は未開示企業群と比べて、両側10%で統計的に有意にリターンが高いという傾向がみられました。しかし、現在は、企業内容等の開示に関する内閣府令によって、役員の報酬等の額またはその算定方法の決定に関する方針の開示が義務つけられており、リターンの差異にはつながらない情報となりました。

今回、“開示”か“未開示”ということで判断できるガバナンス指標のうち、将来のリターンと関係が強いと思われるものを紹介しました。様々な指標のなかで、取締役会の出席率は注目するに値する指標といえるでしょう。※2

さて、近年は社外取締役の人数が注目されています。それは、企業の経営方針を決める際に、客観的、冷静な判断をする役割として期待されているからです。こうした人数など数量データで判断できる指標の分析を、次回以降に取りあげてみたいと思います。

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