吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』

No.15
長期投資スタンスで注目のガバナンス(1)

2020年06月08日号

投資工学開発室
吉野 貴晶

金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。

投資工学開発室
髙野 幸太

ニッセイアセット入社後、ファンドのリスク管理、マクロリサーチ及びアセットアロケーション業務に従事。17年4月より投資工学開発室において、主に計量的手法やAIを応用した新たな投資戦略の開発を担当する。

  • “実施している”か“実施していないか”ということで判断できるガバナンス指標では、業績連動型報酬制度、役員報酬の額または算定方法決定方針、ストックオプション、議決権電子行使、といった4つの指標が将来のリターンとの関係が比較的強かった。

新型コロナウイルスを巡る状況が見えにくいなかで、厳しい経営環境を強いられる企業も少なくないことでしょう。これから終息に向かうとしても段階的な自粛解除となる可能性があります。コロナの終息がどのようなステップとなるのか、また終息後の世の中がどのように変わっていくか等、予想が難しい状況のなかでは、中長期的な視点、例えば、企業の組織や経営に関するシステムが“優れているか否か”という点で投資先を選別する方が良いかもしれません。

そこで、今回のレポートでは、ガバナンス(企業統治)をテーマに分析してみることにしました。ガバナンスが優れている企業というのは、平たく言えば株主価値を高めるための経営ができる組織やシステムを持つ企業です。こうした企業では、取り巻く環境が厳しいなかでも、株主のために的確な経営戦略をたて、実行に移されていくことが期待できます。そして長期的に業績が回復し、株主価値が高まっていくことが期待できるのです。

具体的には、企業が公表しているデータを用いて、ガバナンスが優れている企業の株式パフォーマンスを確認します。ガバナンスに関する指標には様々なものがありますが、今回は、会社が“実施している”か“実施していないか”という視点で判断できる指標を対象にします。近年は社外取締役の人数が注目されています。それは、企業の経営方針を決める際に、客観的、冷静な判断ができる取締役の役割が期待されているからです。こうした人数など数量データで判断できる指標の分析は、次回以降に取りあげる予定です。今回は、“実施”か“未実施”かで判断される指標に絞りました。例えば、“業績連動型報酬制度”を実施しているか、実施していないか、といった具合です。

表:実施と未実施で判断するガバナンス指標とリターンとの関係

  • 注:各月において各変数を基準に、分析対象銘柄について実施と未実施のそれぞれ等金額ポートフォリオを構築する。そして、それぞれのポートフォリオの翌月のリターンを被説明変数、FF 3ファクターを説明変数とする時系列回帰分析の切片項を示している。いずれも値は12倍して年率換算。*はt値の両側有意水準10%を示す。
  • 出所:NEEDS-Cgesをもとにニッセイアセットマネジメントが作成。
未実施 実施
No. 内容 t値 t値
1 業績連動型報酬制度 -0.52% -1.76 0.87% 1.95
2 役員報酬の額または算定方法決定方針
-1.78% -1.60 0.29% 1.99
3 ストックオプション -0.38% -1.24 0.87% 1.24
4 議決権電子行使 -0.76% -0.90 0.89% 1.16

分析結果は表の通りです。業績連動報酬制度を「実施」している企業の平均的なリターンは+0.87%、「未実施」は▲0.52%となりました。それぞれ統計的にも有意水準となっており、業績連動報酬制度を実施している企業は、統計的にも将来のリターンがプラスとなる傾向が強いことが示されています。

具体的な分析方法ですが、東証1部企業を対象に毎年1回、9月末時点で取得できる情報を使って、CSR報告書などの会社が公表する情報により業績連動報酬を「実施」と「未実施」を分類し、2020年1月までの過去5年間の月次株価収益率の平均を比較しました。しかし、「実施」と「未実施」はそれぞれ、企業規模や市場全体との連動性など異なる属性の企業が含まれています。そこで、こうした属性をコントロールするため単純なリターンの平均をとるのでなく、ファーマ・フレンチ(FF)が示す手法で調整した後のリターンの平均としています。※1

さて、様々なガバナンスの指標のうち、表に示した4つの指標は、その中でも、比較的、将来のリターンとの関係が見られるものです。そこからは、例えば、以下のような示唆が得られるのではないでしょうか。

  • 業績連動型報酬制度とは、会社業績に連動して役員報酬が決められる制度です。経営陣が業績を良くしようというモチベーションにつながることが、将来のリターンとの関係の背後にあるかもしれません。
  • 役員報酬の額または算定方法決定方針に関しては、企業開示の透明性が高い企業はプラスのリターンとなることが示されているのかもしれません。
  • ストックオプションについては、制度を導入している企業にプラスのリターンの傾向が強くでました。経営陣が企業業績を良くして、将来の株高を目指すことで、利益を享受できるというモチベーションが背景にあるのかもしれません。
  • 議決権電子行使に関しては、議決権電子行使ができる企業の将来のリターンがプラスとなりました。株主の権利行使を行いやすくしている企業努力が投資家に評価されたと考えられます。

今回、ガバナンス指標のうち、“実施している”か“実施していないか”ということで判断できるものから、将来のリターンと関係が強いと思われるものを紹介しました。ガバナンスに関する指標は様々あるため、銘柄選別では、リターンとの関係を確認して利用することも重要でしょう。※2

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