吉野貴晶のクオンツトピックス

No.21
仮想レバレッジNASDAQを用いたFIREシミュレーション part1

2022年03月15日号

投資工学開発部
吉野 貴晶

金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。

投資工学開発部
片山 幸成

ニッセイアセット入社後、デリバティブ取引やファンドのリスク管理業務に従事。18年1月より投資工学開発室にて主に機械学習を含む定量的手法、オルタナティブデータを活用した新たな投資戦略の研究開発を担当。

SNSで話題のレバレッジNASDAQを用いてFIREできるか分析してみよう

  • 回帰分析を用いたレバレッジETFの近似
  • 資産を取り崩すFIREシミュレーション

0. 予備知識、keywords

対数グラフ、回帰分析、レバレッジ型ETFの知識を仮定します。

キーワード
FIRE、セミリタイア、レバレッジ、NASDAQ-100、TQQQ、回帰分析

1. Introduction

FIRE
FIREとはFinancial Independence, Retire Earlyの略で経済的独立と早期退職を目指すムーブメントでアメリカから始まり近年は日本でも注目され、TVや雑誌等でも特集が組まれています。経済的に独立して、早期退職というと、起業家や宝くじを当てた人がおくる夢の配当金生活をイメージされる方も多いとは思いますが、若者の間で流行っているのはそういう輝かしいものではなく、普通の公務員や会社員が質素倹約に努め、手取り収入の半分以上を貯蓄やインデックス投資に回すという極めて堅実なものです。FIRE後の生活も同様に質素で慎ましいものです。いわゆるリッチな生活の方をfat FIREといい、質素な生活の方をlean FIREと呼び、副業やアルバイトをしている場合、side FIREといいます(新しい概念のため、人により若干定義が違いますが、概ね上記のような使いわけがされています)。
概念としてまったく同じというわけではありませんが、以前はアーリーリタイアやセミリタイアと呼ばれていたものに近いです。今回は主にlean FIREに注目して議論を進めます。

レバレッジNASDAQ-100
最近、個人投資家の間で、NSADAQ-100指数(詳細は[NDX]参照)にレバレッジをかけた投資戦略が注目されています。実際、SNS等でも日々レバレッジNASDAQ-100の情報を配信しているアカウントが複数存在しています。投資している方も多種多様で、動画でオススメされていたからという素朴な方から数理ファイナンスを自習して実証分析している方までと多くの投資家に愛されているようです。今回のレポートでは割愛しますが、仕組みやデメリットを理解することが重要です(金融庁の注意喚起については[FSA]参照)。

今回はFIREしたときに、生活費を払いながら残りを全額レバレッジNASDAQ-100に投資していた場合、どのような結果になるのかをシミュレーションします。また、比較のためにオーソドックスな投資対象であるMSCI ACWI Index[MSCI]に投資していた場合も計算します。

2. 回帰分析

レバレッジがかかったNASDAQ-100投資と言っても複数あるのですが、今回はレバレッジ3倍のProShares UltraPro QQQ(以下単にTQQQ、詳細は[TQQQ]参照)をイメージして議論します。
TQQQは設定が新しく、2010年2月からしかデータが取得できないため、FIREの分析をするにはデータ期間が短すぎるという問題があります。そのため回帰分析を用いて仮想的にレバレッジ3倍NASDAQ-100指数を作成します。シンプルに考えると、TQQQはレバレッジ3倍なので基本的にはNADAQ-100指数のリターンを3倍すれば(NASDAQ-100のデータさえあれば仮想的に)TQQQのリターンが計算できるわけですが、それを回帰分析によってもう少し精度高く再現したいという意図です。(データ出所:Bloomberg Finance L.P.)

回帰分析によるレバレッジETFの近似

TQQQのトータルリターン(ドルベース)の系列を被説明変数として、NASDAQ-100のプライスリターンデータ(ドルベース)を説明変数として線形回帰します。期間は2010/03~2021/12です。円ベースではなく、ドルベースで回帰分析をするのは為替リスクの影響を除くためです。NASDAQ-100の方がプライスリターンなのは、トータルリターンのデータだと古い期間が取得できないからです。

原則、データ頻度は月次で行いました。ただし、2020年3月はコロナの影響で非常に株価変動が大きく、月次データを用いると近似精度が低くなってしまうので、当該月については、日次で回帰分岐を行いました。これらを累積して月次トータルリターンとします。(なお、日次ベースで回帰分析をした場合でも、一定大きな乖離が発生しました)

回帰分析の結果は次の通りです。

2020年3月以外
TQQQ月次トータルリターン=
3.12349909961822 * (NASDAQ-100月次リターン) - 0.00318843424799473
2020年3月
TQQQ日次トータルリターン=
2.449346283 * (NASDAQ-100日次リターン) - 0.00425034816811453

日次の回帰分析で得た結果を累積して、2020年3月の月次トータルリターンとします。2020年3月は約37.2%の下落です。これらを円換算したのち累積し、2010/03月末を100として指数化したものが図1です。

図1:回帰分析とTQQQの比較

ほとんど完璧にTQQQを再現できているのがわかります。
上記の月次版回帰分析の式を用いて、NASDAQ-100の月次リターンから(TQQQが存在しない期間も含めて)仮想レバレッジ3倍NASDAQ-100の月次トータルリターンが計算可能です。もちろんこれは回帰分析の結果なので、インサンプル期間でも実際のTQQQとは誤差がある点に注意が必要です。また、過去は金利等も異なるのであくまで参考情報です。

FIREシミュレーション結果その1

3. FIREシミュレーション

シミュレーションの条件、計算方法
1987年末に次4パターンの資産を持って開始します(当初資産は750万、1,000万、1,250万、1,500万の4パターン)。その後、毎月、生活費を取り崩しながら、残った全額をMSCI_ACWIまたは仮想レバレッジ3倍NASDAQ-100に投資し、足元までに、どのくらいのお金が手元に残ることになったかをシュミレーションします。
計算例:1988年2月末の資産=(1月末の資産 –2月の物価調整済み生活費)*2月のリターン
  • 生活費は当初月5万とし、その後は季節調整前消費者物価指数(データ出所:Bloomberg Finance L.P.)に沿って増減すると仮定します。また、家賃や社会保険料の支払いも含み、売買手数料や税金は考慮しません。資金が尽きた場合、負にはならないように調整してます。
例えば、資産750万でスタートし、投資を行わない場合は、毎月、約5万円を取り崩すことになるので、約12年で資金が枯渇します。しかし、図2のMSCI_ACWIに投資する場合、2008年頃まで約20年生活できることが分かります(図2の青線)。
シミュレーションの結果

図2:FIREシミュレーション(MSCI_ACWI)

図3:FIREシミュレーション(仮想レバ3倍NASDAQ-100)

(対数グラフ)

  • 資産は左軸、指数は右軸
  • 出所:Bloomberg Finance L.P.

FIREシミュレーション結果その2

0になるケースがなかったので、資金を減らして場合の分析を追加します。なお、対数グラフの関係で資金が無くなった場合でも1万円は残るように設定しております。

図4:FIREシミュレーション(仮想レバ3倍NASDAQ-100)

(対数グラフ)

  • 資産は左軸、指数は右軸
  • 出所:Bloomberg Finance L.P.

4. 感想と考察

予想以上に仮想レバレッジ3倍NASDAQ-100が強いかつボラタイルで驚きでした。また、MSCI_ACWIの場合も仮想レバレッジ3倍NASDAQ-100の場合も、初期資金が数百万円増減するだけでまったく異なる結果(たとえば図4の資産700万円と600万円)になることがわかります。また、ITバブルの時期は値動きが激しく、回帰分析の係数が少し違うだけで最終結果に大きな差が生まれるため、その点にも注意が必要です。
[DWZ]にも書かれているように、無限にお金が増え続ける状態を目指すのは必ずしも合理的ではないはずです。一方で先の通り、少し額を減らすと将来資金が底をつく可能性が急激に高まってしまいます。次回のレポートでは上記の問題を緩和する方法について分析を行う予定です。

参考文献

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