吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』

ライフサイクル別に見た効果的な成長性指標

2021年08月23日号

投資工学開発部
吉野 貴晶

金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。

  • キャッシュフローのパターンから企業のライフステージを特定。
  • ライフステージ別に銘柄選別する際に効果的な成長性指標は異なる。

企業評価をする上で重要な観点の1つが企業のライフサイクルです。企業のライフサイクルとは、企業も人間の様に生まれて成長し、成熟し、衰退していくという一連の流れがあるということです。投資先に考えている企業が、どの段階に位置しているのかを把握することで、例えば創業期の企業であれば“足元では売り上げがそれほどでなくても将来は高成長が見込まれるか”、成長期の企業なら“高い利益成長が将来も続くか”、などと予想につなげることができます。

ライフサイクル理論では、ライフステージを5段階とする方法が一般的です。5段階とは【1】創業期、【2】成長期、【3】成熟期、【4】変革期、【5】衰退期です。一般に、【3】成熟期になると、売上成長は止まりますが、費用を抑えることで安定した利益が期待できます。しかし、主力製品が時代遅れになると、将来的には、【5】衰退期を迎えることとなります。ただし、そのまま衰退するとは限りません。企業が新たな成長分野を確立して、商品の売れ行きが拡大すると、【4】変革期を経て、再び【2】成長期入りとなるのです。このように5つの段階は【1】創業期から【5】衰退期に向かって順番に進んでいくわけではありません。【2】成長期にあっても事業が失敗すれば一気に【5】衰退期に突入してしまうことだってあります。

米国のディキンソン博士は、2011年に企業がどのステージにいるのかを判断する方法を発表しました。このディキンソンモデルは、企業が毎年1回行う本決算で公表する3つの値に着目します。具体的には、(1)営業活動によるキャッシュ・フロー、(2)投資活動によるキャッシュ・フロー、(3)財務活動によるキャッシュ・フローの3つのキャッシュフロー(以後、CF)がプラスかマイナスかの符号のみに注目して判断します。ちなみに、日本企業の多くは3月末が本決算期末となり、4月中旬あたりから決算発表が行われます。

表1:ディキンソンモデルにおける5つの成長ステージの分類

  • 出所:2011年のディキンソン論文を基に、ニッセイアセットマネジメント作成
  【1】創業期 【2】成長期 【3】成熟期 【4】変革期 【5】衰退期
パターン 1 2 3 4 5 6 7 8
営業活動によるCF
投資活動によるCF
財務活動によるCF

それぞれのCFは企業がどのようなにお金を得たか、もしくは、使ったかを見ています。例えば、企業がモノを売ってお金を得たらその分は営業CFを得たことになり、プラスとなります。一方、会社が設備を増やそうとしてお金を使うと、投資CFはその分マイナスとなります。財務CFは、例えば、銀行から融資を受ければ、その分プラスになります。ディキンソンモデルは、これらのCFの符号だけに注目して判断します。

それぞれのステージについて簡単に確認しましょう。まず、表1の一番左側の列を見てみましょう。営業CFと投資CFがマイナス、そして財務CFのみがプラスだったら【1】創業期の企業と判断されます。【1】創業期は、商品販売は大きくない一方、仕入れや従業員への給料支払いから営業CFはマイナスとなる傾向があります。また大規模な投資を行うことから投資CFがマイナス、その資金を銀行から借り入れるため財務CFはプラスとなります。

【2】成長期は、営業活動が軌道に乗ることで営業CFはプラスに転換します。設備投資を増やすため投資CFはマイナスとなり、その資金を銀行や一般の投資家などから集めるため財務CFはプラスです。

【3】成熟期は、売上成長が鈍化するもののコストを抑えて収益を維持するため、営業CFはプラスを持続します。投資CFは、更新投資が中心ですがマイナスとなります。財務CFは、自社株買いなどでキャッシュが流出する傾向からマイナスです。

【4】変革期のCFのパターンは分かり難いところもあるため、先に【5】衰退期を捉えて、【1】~【3】と【5】の残りのCFパターンとして定義します。

【5】衰退期は営業活動が厳しくなるため営業CFはマイナスです。投資CFは、新規投資が必要がなくなることからプラスです。財務CFは、自社株買いなど余力があればマイナスとなりますが、事業持続を目指して借り入れを増やす場合には財務CFはプラスとなります。このため表1では、2つのケースを想定しています。

このようにステージを分類するには、CFを見れば良いのですが注意も必要です。例えば昨年、コロナ禍で売り上げが急減し、営業CFがマイナスとなった企業は少なくないでしょう。しかし、企業の判断には中長期的なトレンドも見る必要がありますから、ここでは、過去3年の決算を見て判断することとします。各CFについて、過去3年間で2回以上プラスだったら、そのCFはプラスと判断します。なお、このように分類した場合に、“どのステージの企業のパフォーマンスが良いか”は、MONEY PLUSの連載「企業のライフサイクルから“伸びる企業”を見つける方法」で検証しています。結果だけお示ししますと、【1】創業期、【2】成長期の企業のパフォーマンスが良好となりました。

本レポートでは、少し踏み込んだ分析を行います。各ステージにある企業から投資先を選ぶ際に、どの成長性に関する指標に注目したら良いかを調べてみました。指標としては、ROE、営業増益率とリビジョンを取り上げました。結果を表2の通りです。

表2:5つの成長ステージ毎にどの成長に関す指標が銘柄選別に効果的なのか

単位:%

  • 注1:検証期間は2011年8月から2021年7月までの10年間
  • 注2:東証1部企業(除く、銀行、証券、保険とその他金融)対象
  • 注3:過去3年における営業CF、投資CF、財務CFについて3年間で2回以上プラスなら、対象CFをプラスと判断
  • 注4:毎月末時点で取得可能なCF計算書から企業のステージを判断した後、ROE、営業増益率、リビジョンに関して、各ステージ毎に銘柄数が等しくなるように3分位に分ける。そして各分位のポートフォリオリターンを計測して、第3分位(指標の値が高い)ポートフォリオから第1分位(指標の値が低い)のリターンを引いた値をスプレッドリターンとした。実際の値はこれを検証期間となる10年間の平均をした後、年率換算。
  • 注5:p値はスプレッドリターンが0%であるという帰無仮説が成立する両側確率。p値が5%以下の指標はシャドー。
  • 出所:東京証券取引所、東洋経済新報社と日本経済新聞社のデータを基に、ニッセイアセットマネジメント作成
  【1】創業期 【2】成長期 【3】成熟期 【4】変革期 【5】衰退期
  スプレッドリターン p値 スプレッドリターン p値 スプレッドリターン p値 スプレッドリターン p値 スプレッドリターン p値
収益性 ROE 3.1 65.5 3.6 19.6 3.1 13.4 10.7 0.1 0.7 95.2
モメンタム 営業増益率 2.3 74.0 4.6 5.2 4.3 1.7 0.3 93.0 12.8 23.0
リビジョン -1.2 86.4 9.0 0.0 4.8 1.5 16.7 0.0 7.1 47.9

分析は次のように行いました。まず、毎月末時点で取得可能なCF計算書から企業が属するステージを判断します。次に、リビジョン等に関して、各ステージ内で銘柄数が等しくなるように3分割を行います。第3分位は指標の値が高いポートフォリオ、第1分位が指標の値が低いポートフォリオです。そして、第3分位から第1分位のリターンを引いた値をスプレッドリターンとします。

表2をみると、【2】成長期に関して、リビジョンのスプレッドリターンが+9.0%となっていることから、銘柄を選別するには、“リビジョン”に着目すること良いことが分かります。また、p値がほぼ0%ということから、リビジョンが効果的であることが、統計的にも確認されます。ROEと営業増益率に関しては、【2】成長期の企業では、銘柄選別の効果はあまり高くないようです。

理由は次のように考えられます。成長期は利益の伸びが高い傾向があるのですが、まだ足元の利益額はそれほど高い水準を確保していないため、まだ投下資本に対する利益(ROE)での評価は難しいと考えられます。また営業増益率での銘柄選別が有効ではないのは、投資家の成長への期待が既に株価に織り込まれているからかもしれません。業績予想の修正(リビジョン)が起こると、投資家の企業に対する業績モメンタムの上振れ期待が高まるため、それがリターンに影響を与えるのでしょう。

それ以外のステージについてポイントをまとめると以下のようになります。ライフステージ別に重視すべき指標が異なることが分かります。銘柄選別ではこうした点を考慮すると良いでしょう。

【1】創業期は、ROE、営業増益率とリビジョンいずれも効果的な銘柄選別の指標とはなりませんでした。創業期は将来の成長シナリオに投資家の注目が集まる傾向があります。潜在的な成長があっても、足元の利益獲得が見られない企業が多いため、利益に関する指標での銘柄選別が難しいのかもしれません。

【3】成熟期では、リビジョンと営業増益率が効果的となりました。成熟しているなかでも、実際に利益がどの程度成長しているかという点は、将来、企業が変革期や衰退期入りするまでに、まだ猶予が長く、成熟期の状態を続けていられるという観点からも重要と考えられます。

【4】変革期は利益の伸びが厳しいなかで、ROEが高い企業が評価されるようです。ROEが高い企業は、必要な企業の変革の余力がある点で評価されるのでしょう。また、シンプルにリビジョンも有効です。

【5】衰退期は、いずれの指標も効果的な銘柄選別指標とはなりませんでした。

(参考)

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