吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』

No.24
ROEと資本コストを考慮したエクイティスプレッド

2021年08月02日号

投資工学開発部
吉野 貴晶

金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。

  • 足元の日経平均株価に対応したROE(日本経済新聞発表ベースで試算)は8%を上回った。
  • 今後のエクイティスプレッドの改善と日本株の上昇が期待される。

コロナ不況からの回復で2021年度の企業業績は全体的に売上高が増収、利益ベースで見ても増益が期待されています。そして近年、企業の株主価値を測るための指標として注目のROE(株主資本利益率)も改善しています。ここでは読者の方が広くデータを取得できる日本経済新聞が発表している日経平均株価に対応したROEの推移を取り上げて見ました。情報元や計算方法は図1の注書きに示しています。ROEは“予想”を使うため予想利益÷株主資本により求めます。

図1:予想ROEと日経平均株価の推移

  • ・日経平均株価と予想ROEは月末値。予想ROEは日経平均株価のPBR÷予想PERにより算出。データは日本経済新聞のウエブサイトで提供されているものに基づいている。
  • ・データは2013年1月末から2021年7月末の月末値(但し、7月は21日の値)
  • 出所:日本経済新聞社のデータを基に、ニッセイアセットマネジメント作成

2本のグラフを見ると、概ね連動しています。ROEが高まると株価も上がり、ROEが低くなると株価が下がる関係です。ところで、図1ではROEの8%のところでラインを引いています。近年はこのROEの8%がハードルレートと見られるようになりました。そこで今一度、このハードルレートについて確認して見ましょう。今から7年前になりますが、2014年8月に経済産業省から「持続的成長への競争力とインセンティブ」と題する報告書が発表されました。プロジェクトの座長が、現在、一橋大学の名誉教授となっている伊藤邦雄氏だったことから、報告書は通称“伊藤レポート”と呼ばれています。この報告書ですが当時、投資家や企業に大きな衝撃を与えました。企業は“8%を上回るROEを最低ラインとし、より高い水準を目指すべき”と記されていたからです。

ROE(株主資本利益率)は、企業が1年間で稼ぐ利益を株主資本で割ったもので、株主が払い込んだ分のお金(出資金)に対する見返りとして会社がどれだけ利益を稼いだかを見るものです。

そして図1で確認できる通り、直近のROEは8%を上回っています (7月21日現在で8.9%)。足元の株価は弱含む場面もあるとは言え、日経平均株価が2月にバブル崩壊後30年ぶりに3万円台を回復した後、基本的には底堅いトレンドとなっています。この背景には低金利による流動性が高いことがあると見られていますが、業績が堅調でROEがハードルレートを超えているなど、企業実態が良いことも要因でしょう。

さて、このハードルレートをもう少し深堀りしましょう。このハードルレートは企業側から見た株主資本コストに由来しています。株主資本コストは投資家側から見れば期待リターンです。株式投資にはリスクがあります。例えば、新型コロナの感染状況や、秋に向けた衆議院選挙など政治要因、その他にも米中関係も心配材料です。一方で、基本的な景気回復も期待できる状況です。ハードルレートは、今後1年間、何%程度リターンが得られるなら株式投資するかという投資家の期待ともいえます。企業からすると、投資家からの期待に応える必要があり、企業経営上のプレッシャーになります。ですので、株価上昇を目指して企業は株主資本コストを上回るROEを実現していく必要があります。そして、ROEと株主資本コストの差が業界では”エクイティスプレッド”と呼ばれています(エクイティスプレッド=ROEー株主資本コスト)。図2で、エクイティスプレッドを計算してみました。

図2:エクイティスプレッドと日経平均株価の推移

  • ・日経平均株価と予想ROEは月末値。予想ROEは日経平均株価のPBR÷予想PERにより算出。データは日本経済新聞のウエブサイトのデータに基づく。
  • ・データは2013年1月末から2021年7月末の月末値(但し、7月は21日の値)。
  • ・エクイティスプレッドは予想ROEー日経平均騰落率(過去36カ月平均値の年率換算)で求めた。但し、7月は21日時点では月中であるため前月騰落率を用いている。
  • 出所:日本経済新聞社のデータを基に、ニッセイアセットマネジメント作成

株主資本コスト(期待リターン)の推計方法には様々なものがあります。本来は配当収入分も加える必要がありますが、ここではシンプルに過去の日経平均株価の騰落率を使用しました。過去の実現したリターンを、期待リターンとすることに異論を持つ方もいるでしょう。しかし期待リターンを長期的な株価トレンドに基づいて求めることは統計学の観点からも整合しています。そして、株式需給が交わるところで、実際のリターンと株主資本コストが均衡して実現してきたと考えることは自然です。

このように計算して求めたエクイティスプレッドは、ゼロ%が目処となる水準です。この水準を上回る必要がありますが、足元は今年度末までの株高で、期待リターンの計算に用いた過去36カ月の騰落率が10%を上回ったため(10.5%)、エクイティスプレッドもゼロを下回っています。

とは言うものの、来年度(2022年度)の業績も堅調な回復が期待されるなか、ROE改善を通じた、エクイティスプレッド上昇と、株主価値の魅力拡大を背景とした株価の上昇が期待されます。

参考文献

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