吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』

No.19
長期投資スタンスで注目のガバナンス(3)

2020年11月05日号

投資工学開発室
吉野 貴晶

金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。

投資工学開発室
髙野 幸太

ニッセイアセット入社後、ファンドのリスク管理、マクロリサーチ及びアセットアロケーション業務に従事。17年4月より投資工学開発室において、主に計量的手法やAIを応用した新たな投資戦略の開発を担当する。

  • ガバナンスシリーズの最終回。企業が公表しているガバナンスの数値データのなかで、統計的に株式リターンと関係が強い指標を取り上げた。
  • ”取締役平均年齢”、”社長持株比率”、”役員持株比率“、”株主還元比率“の指標に注目。

ガバナンス(企業統治)が優れている企業とは、株主価値を高めるための経営ができる組織やシステムを持つ企業です。ガバナンスシリーズの最終回となる今回は、例えば“取締役平均年齢”など企業が公表しているガバナンスの数値データを使って、実際にガバナンスが優れている企業の株式パフォーマンスがどのようになるのかを分析します。近年、多くの企業はウェブサイトなどを通じて自社のガバナンスの取り組み状況を公表しています。そのなかで取締役に関して言えば、『性別、年齢および国籍の区別なく人格および識見等を十分考慮のうえ、取締役としての職務と責任を全うできる適任者を取締役候補者に選定する』、といった文言が一般的に用いられます。であれば、能力が備わっていれば、若手でも取締役への登用が期待されます。そして若手を登用すれば取締役の平均年齢は低くなるでしょう。

分析結果は表の通りです。ガバナンス面で良い企業を上位としています。なお、“取締役平均年齢”に関しては、年齢が低い方が上位20%となるようにデータを反転しています。その結果、“取締役平均年齢”が低い企業の平均的なリターンは+3.09%、高い企業は▲0.31%となりました。これらのリターンのスプレッドは+3.40%となり一般に統計的な有意性を指摘する両側10%有意となりました。取締役が若いのは新興の成長企業にありがちな傾向で、これが高いリターンの要因かもしれません。しかし、当分析ではファーマ・フレンチ(FF)が示す手法で、企業規模や市場全体など企業属性をコントロールした後のリターンを平均としており、ある程度はこうした要因を除いています。※1

実際の分析については、東証1部企業を対象に毎年1回、9月末時点で取得できる情報を使って、CSR報告書などの会社が公表する情報により分類しています。そして2020年1月までの過去5年間の月次株価収益率の平均を比較しています。

表:ガバナンス指標とリターンとの関係

  • (注)株主還元比率は実績会計年度において(配当総額+自社株買い)/自己資本により求められる。各月において各変数を基準に、分析対象銘柄について上位20%と下位20%のそれぞれ等金額ポートフォリオを構築する。そして、それぞれのポートフォリオの翌月のリターンを被説明変数、FF 3ファクターを説明変数とする時系列回帰分析の切片項を示している。いずれも値は12倍して年率換算。*はt値の両側有意水準10%、**は5%を示す。
  • 出所:NEEDS Cges をもとにニッセイアセットマネジメントが作成。
No. 変数 Fama-French 3ファクターアルファ
下位20% 上位20% スプレッド(上位-下位)
t値 t値 t値
1 取締役平均年齢 -0.31% -0.42 3.09% 2.34** 3.40% 1.83*
2 社長持株比率 -1.25% -1.94* 2.56% 2.03** 3.81% 2.44**
3 役員持株比率 -0.38% -0.59 2.40% 1.90* 2.78% 1.84*
4 株主還元比率 -2.67% -2.29** 1.91% 1.47 4.58% 2.17**

さて、今回の分析対象とした企業が公表しているガバナンスの数値データのうち、表に示した4つの指標は統計的に有意なリターンとの関係が見られたものです。そこからは、例えば、以下のような示唆が得られるのではないでしょうか。

  1. “取締役平均年齢”が低い企業は、良い経営戦略や企業活動により利益の拡大を目指すため、人格および識見があれば若手でも取締役に登用される傾向があります。それが株主のための経営を行う姿勢の一つであり、高い株式リターンと関係している可能性が考えらえます。
  2. “社長持株比率”が高い企業では、社長には一般の株主と同様な視点で利得を考えて経営を行うというモチベーションがあります。企業の利益を増やして株価が上昇、配当が増えることは、他の株主と同様に社長にとってもメリットだからです。社長の経営姿勢が株主のための経営に近づくことが株高の背景にあると考えます。
  3. “役員持株比率”が高い企業も、(2)と同様の視点です。経営陣にとって、会社の利益を上げることが、株高、増配などを通じた面で役員にとってのメリットとなります。
  4. 近年、株主のための経営という観点に投資家の意識も強まっています。(配当総額+自社株買い)÷自己資本で計算される“株主還元比率”が高い企業は市場でも評価されています。

ガバナンスに関する指標は様々あるため、銘柄選別では、リターンとの関係を確認した上で利用することも重要でしょう。※2

  1. 詳細は太田・斉藤・吉野・川井の「CAPM,Fama-French 3ファクターモデル,Carhart4ファクターモデルによる資本コストの推定方法について」を参照。
  2. 本レポートの分析の詳細は青山学院大学大学院国際マネジメント学会および、国際マネジメント学術フロンティアセンターの国際マネジメント研究第9巻の「ESG情報と株式リターンとの実証分析」を参照。

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