アナリストの眼

食品セクターは再びデフレの渦に巻き込まれるか?

掲載日:2016年09月02日

アナリスト

投資調査室 吉沢 泰

私はアナリストとして食品セクターの事業会社の調査や業界の分析を担当しています。食品セクターのここ最近の話題といえば利益水準の改善だと思います。たとえば、東証株価指数の食料品セクター指数を構成する77社のうちの、再編や決算期変更の影響がない73社の昨年度の業績を見ると、加重平均では約17%の営業増益となり、単純平均では約50%の営業増益率となりました(いずれもQUICK社のデータに基づきニッセイアセット算出。単純平均では約18倍になった1社を除いても約27%の営業増益率)。

大幅な増益の背景は、(1)円安などによる原材料価格の上昇や、物流費、労務費の上昇などのコスト動向を理由とした値上げの実施、(2)アイテム数削減などの実施により、過剰とも言える販売促進費の投入を抑えることによる経費の効率化、(3)一部のメーカーでは機能性表示制度の導入などを含めた付加価値訴求商品のヒットが利益率の押し上げに繋がった――ことなどと考えられます。ただし、多くの商品で値上げが行われた半面、原材料などのコストが想定ほど上がらなかったという側面もあるように思われます。

ところで、(1)にせよ(2)にせよ、実質的には店頭小売価格の上昇に繋がります。そのため、メーカーの直接の取引先である小売業者がこれに応じる必要がある訳ですが、小売業者側にも受け入れる背景があったと言えそうです。スーパー、コンビニエンスストア、ショッピングモールなどのチェーン店の積極的な出店は、オーバーストア状態をもたらしたと言われており、小売業者自身も厳しい競争に晒されています。その中では仮にメーカーの協力を得て一時的に安売りを行ったとしても、それを目当てに来店する消費者を継続的な顧客として繋ぎ止めることは難しいと考えられます。価格を下げても思うように顧客が集まらないのであれば、必要以上の安売りは利益を減らすだけになってしまいます。労務費、物流費など自身の経費も上昇する局面となり、小売業者も利益確保の優先順位を上げる必要があったと推測されます。こうした背景があることも、メーカー側の働きかけの浸透に繋がったのだろうと思います。

食品メーカーにとって昨年度は非常に良好な事業環境だったと言えると思いますが、問題はその持続性です。為替水準は直近半年程度で2割近く円高が進みました。このことは、国内での事業という点では原材料費の下落に繋がる要因なのでメリットです。ただし、急な水準変動は価格交渉の材料になりやすいと言われており、メリットが享受できる前に価格引き下げ圧力が先行して高まる懸念があります。それだけでなく、消費者マインドの足踏みに加えて、インバウンド需要も急失速していることなどを受けて、小売業の販売額は停滞傾向にあります。そうした環境の中で、客数の伸びの頭打ち感に我慢しきれなくなった小売業者が、再び全体として価格訴求に舵を切ることになれば、食品メーカーの事業環境も一変するかもしれません。実際、新聞などのコメントでは、デフレ圧力が再び高まることへの警戒感を露わにするメーカー経営陣の方もいます。

そういう事態になった場合に成長性を維持できる企業と、ダメージを受ける企業との格差が非常に大きくなる可能性があると思っています。それは、収益性改善に向けた強い信念を持って、周到に準備して実行に移している企業もある一方で、他社の動きに合わせて受動的に取組んでいる企業もあるように思われるからです。競合など個別の業界の違いはありますが、前者のような企業群は大きな事業環境の変化にも対応していけるだろうと考えています。

私たちアナリストはそうした持続的な企業価値向上が可能な企業を発掘することが使命の一つです。そこでは単なる財務情報の分析だけでなく、非財務情報に基づくESG視点の評価が重要になってきます。ESG視点の評価というのは、それぞれの企業について、その理念や企業文化あるいは歩んできた歴史、経営戦略、経営陣への信頼感や組織体制、環境や社会問題に対する会社としての取組み、経営と従業員の一体性、利害関係者との関係などを、体系立てて解釈、評価しようという考え方と言えると思います。それが重要なのは、予想のつかない将来の変化に対して企業がどのような意思決定を行うかを予測するヒントになると考えるからです。様々な取材活動を通じて、そうした企業の真の姿、変化などに迫り続けたいと考えています。

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