アナリストの眼

中長期予想と非財務情報

掲載日:2015年09月04日

アナリスト

投資調査室 清宮 啓嗣

証券アナリストの重要な仕事は、業界分析や企業調査などを通じ個別銘柄の株式価値を算出し、ポートフォリオマネージャーが市場平均に勝る可能性の高い企業に投資するための意見や材料を提示することです。株式価値の算出方法には、様々な手法がありますが、我々は5年間の業績予想をもとに、対象企業が創出すると推定されるキャッシュフローから算出しています。

私の担当する化学、石油、非鉄など素材セクターは、市況や顧客動向に業績が大きく左右されるため、極端な例を挙げれば四半期毎に黒字と赤字が逆転することも有り得ます。そのため、5年先どころか、次の四半期の業績を予想することも困難な局面が多々有ります。5年予想の難しさは、今から5年前の2010年を振り返った時、為替や原油が今の水準であると、当時考えていなかったことからも容易に想像できます。それでは、5年予想にもとづく株式価値の算出、さらには、これを基にした投資の実行には意味が無いのでしょうか。

先ず、確認しておきたいことは、株式市場では、市場参加者の平均的な予想として織り込まれている業績が実現しても、株価が反応しない、あるいは予想外の反応をすることが多く見られることです。また、株価の変動要因には個別企業の業績以外にも世界経済の景況感や株式需給など様々な要因が複合的に絡み合っています。従って、四半期業績のような短期の業績動向をしっかり予想できたとしても、株価がどの様な反応を示すかを短期的に予測することは極めて難しいとの印象です。テクニカル分析などを利用し、統計的な優位性からリターンを上げる方法もありますが、1つの手法の有効性を10年や20年といった長い期間に渡って確保することも難しいと思われます。

短期の株価動向を追いかけ続けることが困難となれば、時間軸を長くし勝てる可能性を探る必要が出てきます。ここで、冒頭に立ち返り、最終的に株価は企業が創出すると推定されるキャッシュフローから算出できると仮定します。すると、中長期的にはキャッシュフローをもとにしたある価値に収斂することが期待されます。この様な価値を算出する際に焦点となるのがキャッシュ創出力を如何に見極めるかです。

この見極めの際に強力な武器になるのが非財務情報です。非財務情報は様々な定義があるかと思いますが、企業の期間損益などに定量的には直接表れない、企業理念、経営戦略、経営陣への信頼感、環境や社会問題に対する会社の取組、経営と従業員の一体性、利害関係者との関係などが挙げられると思われます。

これらの情報が何故重要になるかと言えば、自分たちの意思や努力により、ある程度コントロールが可能な要素であるからです。為替や市況など所謂外部要素を個社の企業がコントロールすることは殆ど不可能です。こうしたコントロール不可能な外部要因の大きな変動に直面しても生き残り、企業価値を増加させていけるか否かは、常日頃コントロール可能な部分を如何に磨き上げているかに関わると考えられます。非財務情報の優劣は、中長期での財務成績の優劣に繋がる可能性が高いと見ています。例えば、外部環境の悪化通り、あるいはそれ以上に業況が悪くなってしまうか、外部環境の好転以上に自社業績を伸ばすことが出来たかなどの差として表れます。

我々が5年予想をする際に参考になるのが、企業が提示する中期経営計画や長期の有るべき姿などです。企業価値の源泉とも言える意思決定者が、資本をどのように配分しどのような将来を描いているかが見て取れるからです。但し、企業が開示する情報をそのまま予想に使用しては芸がありません。より予想に確信度や独自性を持たせるために(市場との予想に認識ギャップが無ければ市場に勝つ可能性は薄れます)、計画の背景にある経営陣の戦略に対する考え、執行に対する実行力などを確認します。それらの情報は決算説明会のほかに個別取材等を通じて入手します。経営陣に対する取材や対話は、計画の実現可能性などを考える上で重要なものとなります。

但し、経営陣や窓口となるIR担当部門からの情報は最も重要で貴重なものですが、それだけでは企業全体の非財務的情報の取得には不十分です。決算やキャッシュフローとして表れる結果は、究極的に還元すれば企業に属する1人1人の行動の成果と言えます。経営戦略がどんなに優れていようと、それを実現する組織や仕組み、実行する従業員の方々の理解なしでは成功は覚束ないと思われます。

そのため、情報の取得ルートを複線化することが重要になります。情報源としては、企業の好意により開催される、工場や研究所の見学、事業説明会への参加が挙げられます。このような機会への参加は、製品の製造プロセスや個別事業などへの理解促進の他に、経営と従業員の一体感などの確認に絶好の場となります。例えば、資産効率改善を目標に掲げる経営陣に対し、工場長や製造責任者などの在庫管理に対する認識が低ければ、実現性は小さいと言えるでしょう。

環境対策や社会貢献など一見すると利益創出と結びつかない様な活動も、重要な非財務情報と認識しています。これらの活動も最終的には企業価値向上に繋がっているかどうかが重要です。例を挙げれば、環境対策では、排出物削減と共に投入原料など変動費抑制にも繋がる投資となっているか、社会貢献では一般的な文化芸術の発展に対する寄付だけで無く、事業を継続する上で重要となる地域社会への貢献もバランス良く実施されているかなどです。これらは、企業のホームページの充実で取材以外にも、インターネットを通じてCSRレポートなどから基本情報を入手することが可能です。

企業の本音や実態を探り出すことは容易ではありませんが、様々な機会を通じて、より長期目線での企業価値向上の実現性を考えることが、我々の付加価値の源泉の1つと考えています。そうした情報を質・量共により多く入手できるように、企業の方からも信頼を得られる様、日々活動しています。

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