アナリストの眼

コーポレート・ガバナンス・コード導入で変わるゲームのルール

掲載日:2015年07月31日

アナリスト

投資調査室 峯嶋 利隆

1.「攻めのコーポレート・ガバナンス」と金融機関の政策保有株式削減

政府は、今年6月公表の成長戦略(「日本再興戦略 改訂2015」)において、企業の「稼ぐ力」を高める(すなわち企業価値を向上させる)には「攻めのコーポレート・ガバナンス」が重要、との見解を改めて強調しました。そして、その一環として金融機関(その中でも特にメガバンク)の政策保有株式の削減を促す方向性を示しています。こうした事情も手伝い、上場企業から新たなコーポレート・ガバナンス報告書が続々と公表される中にあって、金融機関が示す「株式等の政策保有に関する方針」にひときわ大きな注目が集まっています。

2.金融機関の政策保有株式の問題点

企業が株式を保有する目的には、純粋に経済的なリターンを追求する「純投資」と、保有先企業との取引関係強化などリターン以外の目的がある「政策保有」とがあります。企業が、本業ではない株式投資でリスクテイクすること自体は決して歓迎すべきものではありません。その意味で前者の「純投資」にも問題はあるのですが、本稿では、より根深い問題を内包する後者の政策保有株式の問題について、特に金融機関に関連する領域に焦点をあてながら考察します。

2-1.経済合理性の観点からの問題点

株式は、金融機関にとって資本負担の大きいハイリスク資産です。政策保有株式は果たして、そうした資本負担等を考慮しても経済合理的に保有意義を説明しうるものなのでしょうか。建前と本音のギャップが大きい問題でもあり、実態を把握することは難しいのですが、以下の点を考慮すると、実際には十分な保有意義を説明しきれないケースが数多く含まれているものと推察されます。

2-1-1.そもそも株式は金融機関にとって資本負担が大きいハイリスク資産

金融機関の保有するリスク量は、その測定方法を規制ベースにするか内部モデルベースにするか、あるいは、同じ内部モデルベースでもどのような前提を置くか、等によって計算結果が変わってしまうものです。ただ、健全性が競争力を左右する金融機関においては、本来、相応に保守的なリスク管理が求められるはずです。株式は相対的にリスクの高い資産ですので、保守的に「万が一」の事態に備えようと思えば、その分多くのバッファー(自己資本)を確保しておく必要があります。例えば、大手損保会社等で見られるように「2000年に一度」の危機的事態への対応を念頭に保守的なリスク管理を行う場合、株式の保有にあたっては保有時価の半分程度の自己資本を常に確保しておく必要があります※。規制業種ゆえ一般企業よりも高い財務レバレッジを許容されるはずの金融機関にとって、これは非常に大きな資本負担となります。

  • この場合、株式ポートフォリオのリスク量は、「保有期間1年、信頼水準99.95%のVaR(バリュー・アット・リスク)」として表現され、それは概ね株式ポートフォリオ時価の半分程度となります(データの取り方や前提の置き方等によって結果は大きく左右されます)。

2-1-2.政策保有株式は純投資よりもさらにリスクが大きい

政策保有株式は、以下の2つの理由で純投資以上にリスクが高い可能性があります。
一つは流動性リスクです。政策保有株式を売却する際は、取引関係等への配慮から事前に保有先企業の同意を得るのが通例です。しかし、保有先企業の株価下落リスクが高まっている局面ほどそうした同意は得にくくなる傾向があります。つまり、政策保有株式は「いざ」というときに売却しにくい、流動性の低い資産といえます。
もう一つは集中リスクです。政策目的を実現するには、保有先企業に対する影響力を確保するために相応の規模で株式を保有する必要があります。結果的に、政策保有株式のポートフォリオは個別企業や個別業種の偏りが生じやすく、その分、分散が効いたポートフォリオよりもリスクは大きくなる可能性があります。

2-1-3.リスクに見合った収益を期待しうるか

まず、政策保有株式は基本的に売却を前提としていませんので、保有に伴う直接的な(損益計算書上の)収益寄与は配当のみということになります。仮に、うまく株価が上昇したとしても、それを売却してキャッシュ化する機会がないのであれば、そこで形成される含み益は「絵に描いた餅」でしかありません。
もちろん、政策保有株式の総合採算性を判断するには、配当という直接的な収益だけでなく、政策保有株式のおかげで獲得できている取引の価値を考慮する必要があります。ただ、政策保有株式がなければ獲得できない取引ということは、商品やサービス自体では差別化が難しいコモディティ的なビジネスが多いのではないでしょうか。そうした取引にどの程度の経済的価値を認めうるかは慎重に見極める必要があるでしょう。

2-2.ガバナンスの観点からの問題点

かつてわが国の高度経済成長をもたらした原動力の一つがいわゆる「日本的経営システム」です。同システムのガバナンス構造は、「株式持ち合い」や「メインバンク制」で特徴付けられますが、それらの根底に共通して存在するのが政策保有株式です。ただ、その後の「失われた20年」を振り返るまでもなく、日本的経営システムがもはや有効に機能しなくなっていることは明らかです。そうした中、日本的経営システムの「負の遺産」ともいえる政策保有株式についても、デメリットの方が目立つようになっています。

2-2-1.ガバナンスの空洞化

政策保有の株主は、通常、保有先企業の経営陣を無条件に支持する「サイレントホルダー」としての立場を暗黙のうちに期待されます。持ち合い構造となっている場合には、この傾向が一層顕著となります。もし、会社提案に対して反対票を投じたことが知れてしまえば、取引関係等に悪影響が及ぶリスクがあるためです。しかし、そうしたサイレントホルダーが多ければ多いほど、当然ガバナンスは空洞化してしまいます。

2-2-2.メインバンク(大口債権者)が大株主でもある場合の利益相反の問題

さらに、メインバンク制における利益相反の問題も考えねばなりません。メインバンクは、通常、取引先企業の大口債権者であると同時に政策保有の大株主でもあり、その両方の立場を天秤にかけて総合判断を下すことができてしまいます。例えば、取引先企業の経営悪化時にメインバンクが債権者としての立場を優先する場合、取引先企業に無理な第三者割当増資などを要求し、結果的に株主価値の希薄化を招くことになるかもしれません。

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