アナリストの眼

配当のシグナルへの市場の期待

掲載日:2015年04月30日

アナリスト

投資調査室 黒木 文明

「株主の皆様への利益還元は、重要な経営課題と認識し…」。各企業が開示している利益配分方針には、この様なくだりが多く見られます。

売上や利益といった業績とは異なり、配当は成果からの配分ですので、そこには経営の意思が反映されます。「期間利益はできるだけ配当で還元する」「将来の事業拡大に必要な成長投資を優先する」「業績変動の大きい企業が、長期投資を促すために安定配当に拘る」など考え方は様々です。一方、無い袖は振れませんし、株主や債権者の意向を無視するわけにもいきません。こうしたバランスの妙もあり、各社の配当政策とその時々の配当決定は、企業評価をする上でも注目しています。

ファイナンスの理論では、企業価値は資産の収益力と投資政策のみによって決まり、配当や自己株式取得などの分配の大小は、企業価値に対して中立であることが示されています(有名な「MMの配当無関連命題」)。現実世界とは異なるいくつかの前提のもとではありますが、企業金融の基礎となる考え方です。

これに対して、現実の株式市場では、配当の増減や自社株買いの発表で株価が大きく変動することは珍しくありません。解釈は諸説ありますが、例えば、シグナリング効果(仮説)では、投資家と経営者には情報の非対称性(エージェンシー問題)があり、今後の収益に対する経営者の自信・確信を現すシグナルとして、配当が企業価値に影響を与えると考えます。将来の減配を回避したい経営者の行動を踏まえると、増配それ自体が、将来収益に対する経営者の楽観的な見通しを示す情報になるという説明です。
確かに、安定配当を掲げる企業が減配すれば先行き不安になりますし、取ってつけたような記念配での増配には自信のなさを勘ぐってしまいます。

今期、上場企業による配当額は、リーマンショック前の水準を上回った昨年に引き続き、2年連続で過去最高を更新する模様です。企業業績の回復、実効税率の低下など、還元の原資(剰余金)拡大に加え、配当性向引き上げなど経営者の還元姿勢が積極化したことが、背景にあります。私が普段から接している企業でも、安定配当を掲げる企業の増配、目安とする配当性向目標の引き上げなど、株主還元を強化する動きが多数見られました。

こうした動きを株式市場が概ね好感したのには、フリーキャッシュフロー問題の解消という解釈(仮説)がしっくりきます。フリーキャッシュフロー問題とは、経営者の裁量に委ねられる内部資金が蓄積すると、収益性が伴わないプロジェクトに過剰な投資を行うなど、経営者が企業価値拡大につながらない行動をとる可能性が増すため、価値が割り引いて評価されるというものです。そして、内部資金を配当として払い出すことは、この問題を軽減し、企業価値を高めると考えます。

明らかに過剰なキャッシュを抱えた企業は多くありましたし、全般にコーポレートガバナンスに対する不信も強かったですから、フリーキャッシュフロー問題が発生しやすい状況にあったと言えるでしょう。

更に、ROEなど資本効率の改善目標が掲げられているケースでは、増配は資本効率を改善させるための具体的な行動と見なせます。昨今のガバナンス環境の変化も踏まえると、増配や配当性向引き上げを、経営者の資本効率意識が前向きに変化したというシグナルとして、市場が受け止めたとしても不思議はありません。

中には、他社との比較で目立たぬように横並びで配当性向を引き上げたケースや、何らかの圧力に屈して渋々増配したケースがあるかもしれません。是非、重要な経営課題と認識し、説明可能な資本政策・配当政策で、市場の期待に応えていただきたいものです。

好意的な市場の反応に味をしめて、評価期間の短い投資家や経営者は、手っ取り早い企業価値向上策として、株主還元拡大ばかりを志向するかもしれません。が、滞留していたキャッシュが株主に戻るだけでは新たな価値を生みません。投資家も経営者も、価値を高める投資機会の有無を見極めて行動することが期待されます。

配当は、株主に再投資先の決定を委ねます。企業価値を高める投資機会がある企業はどこか。企業価値を高めようとする経営の変化を市場は見逃していないか。アナリストの眼でしっかり見極めて、投資に生かしたいと思います。

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