アナリストの眼

日本版スチュワードシップの起源

掲載日:2015年03月04日

アナリスト

投資調査室 中谷 幸司

いよいよ三月、お水取り(修二会しゅにえ)の季節です。
春を告げる奈良東大寺の修二会は旧暦の2月に毎年開催され、天平勝宝4年(752年)以来、1度も絶えることなく続いてきており、2015年には1264回目を迎えます。 東大寺が1000年以上も超長期的に存続し、このような行事を古代から延々と絶やさず続けてきていること自体驚異的なことですが、その背景に日本版スチュワードシップとも呼べるシステムが機能してたのではないかと考えられます。

現在、資本市場では「スチュワードシップ」がテーマになっていますが、その直接の起源は英国の荘園制度にあります。

当時「スチュワードシップ」は荘園領主(アセットオーナー)が保有する領地(アセット)について、荘園管理人(アセットマネージャー)が荘園財産管理(受託者責任)を果たす、という意味で用いられていました。この一見、日本とは無縁に見える英国の荘園制度も、日本史が教えるとおり、実は日本の古代、中世にも類似の制度がありました。律令制度が成立した古代から太閤検地が行われた桃山時代まで東大寺には荘園がありました。

東大寺の荘園は全国に分散していましたが、その管理は在地の郡司や寺僧役人の派遣で対応し、寺院経営の経済的基盤が担保されていたようです。檀家も信者も居なければ現在のような観光収入もなかった古代律令時代において、巨大寺院は今で言えば仏教の教理の研究を行う国立大学のような存在だったとされています。国家からの手厚い庇護があったとはいえ廃絶して痕跡さえなくなっている寺院が多い中で、古代の遥か昔から現在まで東大寺や興福寺等のように法灯を保てているのは、中世に日本版「スチュワードシップ」ともいうべきシステムが機能して経済的な基盤を維持できたからだと考えられます。

ではなぜ多くの荘園制度が鎌倉時代以降、守護、地頭の勃興で崩壊していく(いわばエージェンシー問題)中で東大寺や興福寺等が息長く、サステイナブルだったのでしょうか。 これは私見ではありますが、伽藍の復興という明確な「使命(ミッション)」が共感され、シェアされてきたからだと思います。東大寺にも興福寺にも、歴史には度重なる大きな試練がありました。

東大寺などの南都(現在の奈良)の古代寺院は平安時代末期の治承・寿永の乱で伽藍が大きな打撃を受けました。

この時、国家鎮護の位置づけで伽藍復興が明確な目的として「使命」が担い手の間で共感され、シェアされていたからこそ、荘園制度が衰退する中でも長期にわたり経済基盤を維持できたのではないでしょうか。その後もこの目的が明確な「使命」は連綿とシェアされ、継続されました。

鎌倉時代にはいずれも超一級の国宝となった国内最大級の山門である南大門や日本のミケランジェロとも呼ぶべき運慶、快慶の仁王像が、室町時代には国内最大級の木造塔である興福寺五重塔が復興されたのです。今では世界文化遺産にも指定されている古都奈良の神社仏閣には、奈良時代からだけでなくそれ以降の時代に復興・維持されたものも数多くあるのです。

現代日本の資本市場における「スチュワードシップ」の究極の「使命」は投資先企業の持続的成長を促進し、企業価値拡大を通じて株主価値拡大を図り、株式を保有する投資家への還元を通じて社会システム全体の保障制度そのものの基盤を磐石にする為とも云えるでしょう。

何のための成長経営戦略であり、何のための株主還元であり、何のためのガバナンス強化か、それらは単なる短期的な株価リターンの実現でなく究極の「使命」があってこそでしょう。

「スチュワードシップ・コード」の原則4では「目的を持った対話」が明示されています。 「対話」に際しては、個々企業の事情に合わせた経営戦略、バランスシート政策、ガバナンス、株主還元、ディスクロなど様々な観点に即しての「目的」が想定されます。

これらミクロレベルの「目的」の先には「スチュワードシップ・コード」を推進する「目標」として、究極的には社会全体の健全な発展に寄与することがあると思われます。

小生は「スチュワードシップ」を掲げるファンドで中長期観点に重きを置いて様々な「目的」をベースに運用に携わっておりますが、この究極の「使命」を念頭に、真摯に「対話」に取り組んで参りたいと思料しております。

アナリストの眼一覧へ

「アナリストの眼」ご利用にあたっての留意点

当資料は、市場環境に関する情報の提供を目的として、ニッセイアセットマネジメントが作成したものであり、特定の有価証券等の勧誘を目的とするものではありません。

【当資料に関する留意点】

  • 当資料は、信頼できると考えられる情報に基づいて作成しておりますが、情報の正確性、完全性を保証するものではありません。
  • 当資料のグラフ・数値等はあくまでも過去の実績であり、将来の投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。また税金・手数料等を考慮しておりませんので、実質的な投資成果を示すものではありません。
  • 当資料のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。
  • 手数料や報酬等の種類ごとの金額及びその合計額については、具体的な商品を勧誘するものではないので、表示することができません。
  • 投資する有価証券の価格の変動等により損失を生じるおそれがあります。