アナリストの眼

自動車業界の環境対応と長期業績予想へのインテグレーション 2

掲載日:2020年09月24日

アナリスト

投資調査室 村井 翔

このような規制強化に対する企業対応として、各社は電気自動車(EV)の投入を急いでいます。EVと言えばテスラや中国の新興メーカーなどが先行していましたが、フォルクスワーゲンなどの欧州の自動車メーカーや、日本の自動車メーカーも新たなEVを発表しており、消費者の目に触れる機会も増加する事が想定されます。
これらの規制は自動車の販売実績に応じて罰則規定が設けられていることから、より消費者視点の環境改善効果として開示が充実するにつれて消費者の購買行動にも大きな影響を与えていくと考えられます。アナリスト視点では商品戦略と消費者の購買行動の変化という両方を勘案して長期的な視点で業績予想に織り込む必要性があります。
(補論としては、欧州では走行中のCO2排出量のみを規制しており、電気自動車の電気を貯蔵する充電電池の製造・廃棄段階で多大なCO2を排出する点、充電時の電力利用に多くのCO2が排出される点など、Scope2排出量が増加する側面を考慮する必要があり、複合的に環境負荷をモニターする必要があります)

それでは、このような自動車業界で大きく変化している競争要因や環境要因を、長期業績予想においてどのように織り込んで投資判断に結び付けていくのでしょうか。

単純に環境規制対応でEVの新商品を増加させる経営戦略をポジティブに評価したり、反対にEVを生産する新規参入のプレーヤーが増えたことをネガティブに評価したりと、表層的なイメージのみでは業績予想に基づいた投資判断には辿り着きません。
企業収益は製品収益に紐づきますので、まずは新商品と既存製品との収益性の違いを分析する事が勿論重要ですが、大きな構造変化が生じた業界においては、どうやって中長期的な競争優位性を作り出すのかという視点において、企業の内面にある非財務要素(研究開発力やイノベーションに取り組む社内の企業文化、従業員の一体性、バリューチェーンの構築など)に対する理解をより深める必要があります。
最終的には、企業が消費者の期待に届くレベルの新製品を提供できるかという予測の難しい要素も大きい事から、長期になるほど投資家の業績予想の乖離度は大きくなりますが、財務情報とESG観点の非財務情報を両面から、より細部を洞察していく作業を繰り返すことで確信度を高める事が重要です。

ここでは将来予想を構築する要素の一つである、車の電動化による原価構造の変化について触れたいと思います。現時点と将来想定の両面を俯瞰しつつ、実勢の経営行動をモニターしながら業績予想に反映させています。

グラフ3:車両原価と1台当たり利益の比較

  • 注:電池価格は1kWh当たり160ドル、1ドル=110円で計算
  • 出所:各自動車メーカー資料、日経クロステックの資料を基にニッセイアセットマネジメント作成

グラフ3は一般的な内燃機関車と、ある自動車メーカーのEVを例にとり原価構造を推計したものです。ご覧の通り、電池価格や車体ボディ品質の高度化、原価償却費・開発費などの上昇で、車両原価が大きく上昇していることが分かると思います。一方で、原価上昇分の全てを販売価格に転嫁できるわけではありませんので、1台当たりの利益額は減少することが予想されます。
さて、将来予想としては、電池価格は今後5年程で大きく下落していくことは予想されますが、一方で電動車両自体の開発コストは増大していくことで、従来よりもコストが積み上がる要素もあります。車両原価が従来の内燃機関自動車の水準にまで下がるのは相当な期間が必要となりますので、当面はEVの増加は1台当たりの利益額を押し下げる要因になると推測しています。この環境規制の強化スピードに対する対応力の差が開くと、場合によっては脱落する企業も想定される事でしょう。
これらの分析においては、先ほど述べたTCFDにおける開示4項目のような環境経営に対する企業行動を掴みとり、不確実な将来を洞察する事が業績予想の設定に大きな影響を与えます。

環境規制や取り組みの影響を、例えばこのような自動車の原価構造の変化という視点で視える化することで、環境要因が各企業の企業業績に与える影響を表現する事になります。勿論、EVの投入により環境規制に対応するコスト増加に対して、ハイブリッドカーなどを含めた最適なパワートレイン戦略、地域戦略などにより、環境規制対応と企業価値拡大を両立していけるかを見極めることが重要であり、自動車業界にとっては難しい舵取りを迫られています。

今回は環境規制を例に挙げた業績予想のインテグレーションに触れましたが、今回の環境(E)以外にも、様々な社会課題に対する取り組み(S)や企業ガバナンスの改革(G)など、各々においてESG要因を業績に組み込むことで不確実な将来予想を設定しつつ、企業との経営議論を深めていくことで投資に対する確信度を高めていくことに取り組んでいます。不透明な業界環境でのバリュープロポジション(顧客に提供する価値)の再構築という難題に挑む日本企業の底力に期待しながら、多角的な長期分析を続けていきたいと思います。

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