アナリストの眼

自動車業界の環境対応と長期業績予想へのインテグレーション

掲載日:2020年09月24日

アナリスト

投資調査室 村井 翔

現在の自動車業界は、『CASE:Connected(情報連携)、Autonomous/Automated(自動運転技術)、Shared(カーシェアリング)、Electric(電動化)』に代表されるようなモビリティ技術の急速な進展に向けた研究開発や、相次ぐ製品品質問題に対する生産工程の再構築など、様々な方面への課題対応に直面しています。
自動車業界における過去の競争戦略の主軸は、販売台数の増加による「規模の経済性」を生かすことで製造コストを引き下げる事でしたが、グローバルな販売台数の成長が横ばい程度に落ち着きつつある現在においては、変化や課題への『耐性力(レジリエンス)』を高めながら、いかに収益性を維持していけるかが企業価値向上の重要な要素になっていくと分析しております。今回は、この中から「環境規制」が自動車メーカーに与える影響と、その環境影響をアナリストがどのように企業業績予想へ落とし込んでいくかのイメージを紹介したいと思います。

自動車業界の環境要因に関するPEST分析(P:政治、E:経済、S:社会、T:技術進展に関する分析)を行う上で、2017年に最終報告書が公表された『TCFD*』に基づく情報開示が参考になります。この提言では、「気候変動問題」が金融市場を不安定化させる潜在的要因として捉えており、気候変動に関する(1)ガバナンス、(2)戦略、(3)リスク管理、(4)指標と目標、の4項目の開示を奨励しています。
その中で、温室効果ガス排出量を測る仕組みとしては、企業の生産活動で生じた温室効果ガスの直接排出量であるScope 1、購入した電気などを使用して排出された間接排出量も含めたScope 2、自社製品が世に販売された後の消費者の製品利用における排出量も含めたScope3があります。日本企業の環境情報に対する開示取り組みは積極的で、自社で捕捉が可能なScope1、2ベースの開示に取り組む企業が増加しており、生産活動における環境改善が進捗している点はポジティブに評価する事が出来ます。

*TCFD…Task force on Climate-related Financial Disclosures:主要国の中央銀行等が参加する金融安定理事会(FSB)が設置した民間主導の気候関連財務情報開示の取り組み

グラフ1:日本の各部門におけるCO2排出量

  • 出所:国土交通省資料を基にニッセイアセットマネジメント作成

開示に関しては、Scope3ベースの消費者の製品利用における排出量をどのように推測するか等の課題もありますが、消費者の環境意識の高まりとも相まって、Scope3ベースの排出量減少に向けた企業取組みにも注目が高まっていくでしょう。
この点において、自動車業界の環境取り組みの動向は注目度の高いテーマとなっています。日本で排出された温室効果ガスに占める運輸部門の割合(グラフ1)は約2割と大きく、これはScope3排出量での自動車関連企業の関与度合いが大きいことを物語っています。

温室効果ガス排出減少の取組みは、2016年のCOP21パリ協定の発効*などを背景としたグローバルでの環境規制強化にも繋がっておりますが、自動車業界は他業界よりも一早く環境削減に対する行動実績が求められており、業績予想を行う上での重要なスイングファクター(変動要因)となっています。

*パリ協定…世界共通の長期目標として平均気温上昇を産業革命以前より2℃より低く抑え、1.5℃に抑える努力を追求することを目的にした地球温暖化対策の国際的な枠組み(2015年12月成立)

2020年より欧州連合(EU)で強化された環境規制では、Scope3を削減するために、販売車両台数の平均CO2排出量を125g/kmから95g/kmとするよう規制基準を厳格化し、一定台数以上販売する自動車メーカーは超過排出量に応じた罰金が科されるようになりました。2019年時点の欧州23カ国における乗用車のCO2排出量平均値は120g/km超という実績である事を考えると、いかに高い水準であるかが分かると思います。また、この規制はグラフ2のように2025年、2030年に段階的に厳格化されていく方針となっています。(米国や日本、中国などにおいても厳しさの水準に差はありますが、同様に環境規制が強化される流れにあります。)

グラフ2:各国の乗用車CO2排出量推移と規制値

  • 注:The International Council on Clean Transportation(ICCT; 国際クリーン交通委員会)が各国の目標値のNEDC(new European driving cycles)テストサイクルベースで1km当たりのCO2排出量に換算したもの
  • 出所:ICCT資料を基にニッセイアセットマネジメント作成
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