アナリストの眼
コーポレート・ガバナンスを語る シリーズ第3回
掲載日:2013年08月05日
- アナリスト
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投資調査室 井口 譲二
前回のレポートでは、コーポレート・ガバナンスの問題の起源と、このような問題に対し、会社組織が、どのように対処してきたか、を見てきました。
コーポレート・ガバナンスを巡る最近の動向
今、米国の通信業界再編を巡り、コーポレート・ガバナンスの観点からも、興味深い動きが見られます。携帯通信会社クリアワイヤ社(以下、C社)を巡る、米通信大手スプリント・ネクステル社(以下、S社)と衛星放送会社のディシュ・ネットワーク社(D社)の買収合戦です。
C社は、S社の子会社です。2012年12月に、S社は、この子会社のC社の完全子会社化へと動き出しました。これに対し、D社が、2013年1月に、C社に買収を仕掛け、C社を巡る、攻防が開始されたのです。興味深いのは、このS社とD社からオファされる買収提案に対する、C社の取締役会の判断の動きです。
2013年5月下旬のD社の買収価格引き上げを受け、6月初旬に、C社の取締役会(特別委員会)の株主への推奨が、S社からD社に変更となったこと。また、これを受け、6月中旬に、S社が買収価格・条件を引き上げたことから、再度、取締役会の推奨が、D社からS社へと変更となったことです。米国では、企業買収を巡る判例である「レブロン条項(1986年)」により、取締役会は、可能な限り、企業価値を引き上げることが義務とされています。まさに、この義務が、果たされている形となっています。
クリアワイヤ社、買収を巡る動き
2012年12月 | スプリント・ネクステル社(以下、S社)が、子会社クリアワイヤ(C社)に買収提案 |
---|---|
2013年1月 | C社:ディッシュ社(D社)からも買収提案をうける(カウンターTOB) →取締役会は、特別委員会を設置、D社からの買収提案を検討 |
2013年5月 | 中旬、C社取締役会 →S社の買収価格引上げを受け、株主にS社の提案を受けるよう勧告 下旬:D社、S社を上回る価格を提示 |
2013年6月 | 初旬:C社取締役会:D社の提案を受け入れるよう勧告(変更) 中旬:S社、C社への買収価格を引き上げ →特別委員会、取締役会、S社支持に変更 下旬:D社、TOBを撤回 |
ただし、今回のような「買収を巡る一連の行動」が、過去からずっと、米国に根付いたわけではありません。米国でも、1960年代頃、株主価値よりも、経営者の企業規模拡大等の判断が優先され、コングロマリット化が進んだときがありました。また、その反動といってよいと思いますが、1980年代前半、ファンドを中心とする投資家が、非効率な企業を買収、経営権を握った上で、不採算部門売却など行うといった動きがありました。借金をテコに、大企業も買収ターゲットとしたことで、その手法は、LBO(レバレッジド・バイアウト)として知られています。また、当然のことながら、この動きに対し、当時の経営陣は猛烈に反発、敵対的買収(TOB)という用語もよく使われました。
この間、多くの企業買収を巡る裁判が行われ、多くの米国上場企業が本社を置く、デラウエア州において、判例という形で、現在の会社法の姿が整えられたのです。有名なところでは、経営者判断への規律を求めた「ユノカル基準(1985)」や、さきほどお話した「レブロン条項」などがあります。
最適なコーポレート・ガバナンスとは
「最適なコーポレート・ガバナンス」を考えることは、「企業とは何か」を考えることにつながります。そして、このシリーズの第二回目でも、お話ししましたが、コーポレート・ガバナンスの最適解は、市場、会社、文化、価値観、産業構造により異なるのです。ガバナンス構造は、地理的にも、時間軸でみても、多元的です。
最適な「コーポレート・ガバナンスとは」、「企業と投資家のベストコミュニケーションとは」を自問自答する日々です。その最中、見事に、「企業」の実像を喝破した言葉を見つけたので、最後に、その言葉を皆様にご紹介したく思います。真実は、この中にあると考えています。
「企業が代表的組織である産業社会においては、企業たるものは、第一に、事業体としての機能を果たしつつ、第二に、社会の信条と約束の実現に貢献し、第三に、社会の安定と存続に寄与しなければならない。企業と社会の関係に関わるこれら3つの側面は、今日あまりに軽視されている。それらの側面のいずれかひとつの解決をもって了とする考えが猛威を振るっている。」(中略・・・しかし)「社会的良心に従い、企業の利益に反することを行うよう要求することも笑止である。」
(P.F.ドラッカー(2005)「企業とは何か」、ダイヤモンド社,pp15-16.)
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