アナリストの眼

移動の速度と歴史の速度

掲載日:2009年11月20日

アナリスト

投資調査室 伊藤 琢

先日、取材帰りの新幹線の中で外の風景を眺めていると、ふと、過去に読んだ古代中国の歴史小説の一節を思い出しました。それは『人類は乗馬という移動手段を得ることで活動範囲を飛躍的に向上させ、それによって文明の進化や歴史の速度を早めていった』というものです。

人類で最初に馬に乗った人物は、よほどの変わり者であったに違いありませんが、これまでに誰も経験したことのない未知の速度で見た世界は、きっと驚きと希望に満ち溢れていたことでしょう。馬という速度を得たことで概念的な世界は縮小し、人と人とのコミュニケーションが活発になることで新しい文化が醸成され、それによって歴史が展開する速度が早まって来たと言えるのかも知れません。このように考えると、移動手段の向上と歴史の速度には、確かに何らかの相関性がありそうです。

その後も人類は、18世紀のワットの蒸気機関によって工業化の道を開き、20世紀の飛行機の発明によって空を移動し、やがてロケットで宇宙にまで行く時代となりました。馬からロケットまで、まさに新しい世界を求める人間の探求心はとどまるところを知りません。そして21世紀となった今、乗り物ではありませんが、私たちはある重要なイノベーションによって、距離という概念さえも大きく変えようとしています。それはインターネットに代表されるような情報革命です。情報だけであれば、もはや瞬時に世界中に広まるようになりました。歴史の速度は、人類がかつて経験したことのない早さで、新たな領域に突入していると言えるのかも知れません。

さて本題ですが、現在、私は化学・繊維セクターを担当していますが、資本市場と対峙する仕事をしていて、このようなことを感じることがよくあります。企業と対話をしながら将来に起こり得るかもしれないと想像していたようなことが、予想以上に早くに、そして予想以上のスケールで現実となることが散見されるようになりました。それは新技術の登場や、提携、M&Aなどとして認識されますが、新しい潮流の変化が訪れる時間軸が、明らかに短くなってきていることを肌で感じています。

その一例として、最近の石油化学業界があげられます。これまでの石油化学といえば、先進国に大手企業が集中し、彼らが主導となって世界に汎用的な石油化学製品を供給するという構図が当たり前でした。しかし、この数年で起こったことは、新たに中東勢が最新の技術とコスト競争力をもって巨大な石油化学プラントの建設に乗り出しており、日本を始めとする先進国の汎用石油化学は近い将来には競争力を失ってしまうという、いわゆる2010年問題が目前まで迫ってきています。もしも私が10年前にタイムスリップをして、「汎用石油化学は中東勢に取って代わられるので、対応策を考えた方が良い」、と日本の化学企業に話をしたとしたらどうでしょうか。恐らく、よほどの変わり者と思われるに違いありません。しかし現実はどうでしょうか。それまでの”常識”では押し測れない速度で歴史が展開しているということを認識出来なかった企業が、今になって「赤字体質からの脱却」「抜本的な構造改革」を主張しているのです。企業経営も時代の変化のスピードに対応できる柔軟性が求められていることが明らかと言えるでしょう。

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