吉野貴晶のクオンツトピックス

No.26
ブラックリッターマンモデルを用いたポートフォリオ最適化について

2024年08月02日号

写真(吉野)

投資工学開発部
吉野 貴晶

金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。

写真(木村)

投資工学開発部
木村 嘉明

ニッセイアセット入社後、リスク管理、国内外株式領域のリサーチ・運用業務等に従事。2022年4月より投資工学開発部において、主に計量的手法・AIを活用したクオンツリサーチおよび投資戦略の開発を担当。

写真(塚本)

投資工学開発部
塚本 恵

ニッセイアセット入社後、投資工学開発部にて主に機械学習を含む数理的な定量的手法、オルタナティブデータを活用した新たな投資戦略の研究開発を担当。

ロボアドバイザーはどのようにして資産配分を行っているか考えてみよう

  • 平均分散法における期待リターン推定の難しさ
  • 市場から得られるリターン情報と投資家独自のリターン見通し

0. 予備知識、キーワード

基本的な金融工学、解析学、線形代数の知識を仮定します。

キーワード
平均分散法、ブラックリッターマンモデル、混合推定、一般化最小二乗法、シミュレーション

1. イントロダクション

近年、注目を集めているロボアドバイザーですが、どのような仕組みでポートフォリオ構築(資産配分)を行っているのでしょうか。今回は、ロボアドバイザーでよく利用されている仕組みについて考察していきたいと思います。ロボアドバイザーとは、利用者が質問に答えるだけで助言や運用を自動で行ってくれるサービスで、投資経験が少ない利用者でも手軽に始められる点が利点となります。名前から人工知能の印象が先行しますが、根本的には現代ポートフォリオ理論が理論背景となっているケースが多いです。
理論的なCAPM(資本資産評価モデル)を考える上で仮定している条件の中に、「すべての投資家が、将来のある1時点の各証券の収益率(リターン)に関して同じ期待をする」という条件があります。言い換えると、投資家ごとに独自の相場見通しを持たないという仮定を置いています。
一方で、実際には「外国株式は高いリターンが得られるだろう」等といった投資家ごとの見通し(アナリストや機械学習の予測)を立てるのが自然です。後述のブラックリッターマンモデルでは、この独自の見通しを組み込むことによってバリエーション豊かな期待リターンを求めることができます。

平均分散法の弱点とブラックリッターマンモデルの導入

2. 平均分散法の弱点

平均分散法とは、ポートフォリオ最適化における基本的な手法で、簡便的で分かりやすいですが、最適化の計算を行う上で期待リターン・リスク・相関係数の推定が必要になります。一般には、期待リターンの推定にはビルディングブロック法やサプライサイド法、リスクと相関係数の推定にはヒストリカルデータが用いられることが多いです。ここからは、表1の数値例を使って4資産のポートフォリオについて策定していきます。

(表1)4資産の各推定値(数値例)

※安全資産の期待リターンは1.0%とする

  リターン
(%)
リスク
(%)
相関係数
国内
株式
国内
債券
外国
株式
外国
債券
国内株式 7.5 16.0 1.00      
国内債券 2.0 4.0 0.10 1.00    
外国株式 7.0 18.0 0.30 -0.05 1.00  
外国債券 3.5 12.0 -0.05 0.05 0.65 1.00

平均分散法では、以下の効用関数の最適化問題の解を最適ポートフォリオ(リスク調整ポートフォリオ) \(w\)とします。超過リターン\(r\)と共分散行列\(Σ\)の他、厳密にはリスク回避度の値も推定しますが、今回は一定で\(λ=10.0\)とします。

\[ maxU(w) = max \left( w^Tr - \frac{λ}{2} w^T Σw \right) (1) \]

その他に何も制約条件を設けない場合、効用関数(1)を最大化する解を解析的に求めることができ、最適ポートフォリオは次のようになります。

\[ w = (λΣ)^{-1}r (2) \]

実務では、空売りを認めないことが多く、ウェイトの非負性という制約条件を設けた最適化結果は以下のようになります。解析解と若干数値が異なりますが、こちらはPythonによる最適化アルゴリズムの結果です。

(表2)制約条件付き最適ポートフォリオ

国内株式(%) 国内債券(%) 外国株式(%) 外国債券(%) 安全資産(%)
20.9 55.0 10.0 8.2 6.0

単純な関数の最大化(1)で最適ポートフォリオが得られる平均分散法ですが、各推定値の誤差が最適化結果に影響し、特に期待リターンの推定値に関してセンシティブという問題があります。
例として、外国株式の期待リターンの推定値を7.0%から5.5%または8.5%に変更した場合の制約条件付き最適化結果は表3になります。1資産のリターンが±1.5%変わっただけで、最適化結果が極端な解となって安定しないことが分かりました。

(表3)外国株式の期待リターンを変えた場合の最適化結果

  国内株式(%) 国内債券(%) 外国株式(%) 外国債券(%) 安全資産(%)
外国株式リターン:5.5% 24.7 50.1 0.0 18.1 7.1
外国株式リターン:7.0% 20.9 55.0 10.0 8.2 6.0
外国株式リターン:8.5% 17.4 60.0 19.2 0.0 3.4

期待リターンの微小な違いによって極端な最適化結果にならないように、ウェイトの下限・上限に制約を与えるケースも多いですが、制約条件そのもので最適化結果が決まる場合が多く、本質的な解決には繋がっていません。次節では、平均分散法の弱点を解消したブラックリッターマンモデルについて紹介します。

3. ブラックリッターマン(BL)モデルの数学的な定式化

前節では期待リターンの推定の難しさについて言及しましたが、まずは市場で形成されているリターン情報を使った手法を考えます。CAPMが成り立てば市場ポートフォリオは効率的であり、(1)の最大化問題の解になります。すなわち、市場ポートフォリオのウェイト情報とリスクの推定値が分かれば、(2)の式から期待リターンを逆算することができます。

\[ Π(=r) = λΣw (3) \]

「市場の資産構成は各投資家の最適な投資行動による市場均衡の結果である」と考えられていることから、逆算された(3)の期待リターンを均衡期待リターン\(Π\)と呼ぶことにします。直感的に説明すると、全ての投資家が合意するリターンが\(Π\)となります。以下は数値例です。

(表4)4資産の市場ポートフォリオ(数値例)と、それによって得られる均衡期待リターン

  国内株式(%) 国内債券(%) 外国株式(%) 外国債券(%) 安全資産(%)
市場ポートフォリオ 24.0 40.0 12.0 8.0 16.0
均衡期待リターン 8.4 1.8 7.9 3.7 1.0

次に、市場ポートフォリオのパフォーマンスをアウトパフォームするために投資家毎のリターンの見通し情報を参考にする手法を紹介します。例として、投資家Aが国内株式のリターンを7.5% 、投資家Bが国内債券のリターンを2.0%と予測したとします。また、投資家Cは外国株式の方が外国債券より4.0%リターンが高いと相対的な予測をしたとします。すなわち

\[ ^μ国内株式^{=0.075}, ^μ国内債券^{=0.020}, ^μ外国株式 ^{-μ} 外国債券 ^{=0.040} (4) \]

これを行列表記でまとめると

\[ Q = Pμ + ε, ε\verb|~|N(0, Ω) (5) \]

ただし、それぞれの行列は以下の通りです。

\[ P = \begin{pmatrix}1&0&0&0\\0&1&0&0\\0&0&1&-1\end{pmatrix},  Q = \begin{pmatrix}0.075\\0.020\\0.040\end{pmatrix},  μ = \begin{pmatrix}^μ国内株式\\^μ国内債券\\^μ外国株式\\^μ外国債券\end{pmatrix}, \] \[ Ω = \begin{pmatrix}0.00200&0&0\\0&0.00032&0\\0&0&0.00128\end{pmatrix} \]

BLモデルでは、(3)の均衡期待リターンを期待値としたものと、(5)の投資家独自の見通しの混合推定を用いて期待リターンを導出します。

\[ Π = μ + δ, δ\verb|~|N(0, τΣ) (3)´ \] \[ Q = Pμ + ε, ε\verb|~|N(0,Ω) (5) \]

ここで、\(δ\)、\(ε\)はそれぞれの誤差ベクトルとし、 \(τ\)は共分散行列\(Σ\)をスケーリングするパラメータになります。これも行列でまとめると以下のようになります。 \(I\)は単位行列とします。

\[ \begin{pmatrix}Π\\Q\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}I\\P\end{pmatrix}μ + \begin{pmatrix}δ\\ε\end{pmatrix},  \begin{pmatrix}δ\\ε\end{pmatrix}\verb|~|N\left( 0, \begin{pmatrix}^τΣ&0\\0&Ω\end{pmatrix} \right) (6) \]

(6)の誤差の分散が均一でない等の理由から最小二乗法(OLS)をそのまま使うことはできない点に注意して、一般化最小二乗法(GLS)を適用させると、期待リターン\(μ\)の推定値は次の通りになります。

\[ μ^∗ =\left\{ \begin{pmatrix}I\\P\end{pmatrix}^T \begin{pmatrix}τΣ&0\\0&Ω\end{pmatrix}^{-1} \begin{pmatrix}I\\P \end{pmatrix} \right\}^{-1} \left\{ \begin{pmatrix}I\\P \end{pmatrix}^T \begin{pmatrix}τΣ&0\\0&Ω \end{pmatrix}^{-1} \begin{pmatrix}Π\\Q\end{pmatrix} \right\} \] \[ = \{ P^TΩ^{-1}P + (τΣ)^{-1} \}^{-1}(τΣ)^{-1}Π + \{ P^TΩ^{-1}P + (τΣ)^{-1} \}P^TΩ^{-1}Q (7) \]

(7)の直観的な解釈は、均衡期待リターン\(Π\)と投資家独自の見通し\(Q\)の加重平均によって期待リターン\(μ\)が求まるということです。(5)の\(Ω\)の対角成分が小さければ、各投資家の見通しに自信を持てます(\(P^T Ω^{-1} P\)が見通しの自信度に相当)。一方、(3)の\(τ\)は均衡期待リターンの信頼度を表しており、\(τ\)が小さいほど均衡期待リターンへの信頼が大きいことを意味しています。(7)で得られた期待リターン\(μ\)を入力して再び平均分散法によって得られるポートフォリオを、BLモデルの最適化結果とします。

混合推定を用いた平均分散法

表5は、(7)の期待リターン\(μ\)を使った最適化結果になります。それぞれの期待リターンが\(Q\)の成分値にほぼ近い値になっており、市場ポートフォリオから大きく乖離せず、かつ独自の見通しを反映していることが分かります。

(表5)独自の見通しと均衡期待リターンを混合推定した期待リターンと、その最適化結果

  国内株式(%) 国内債券(%) 外国株式(%) 外国債券(%) 安全資産(%)
均衡期待リターン 8.4 1.8 7.9 3.7 1.0
期待リターン 7.8 1.9 7.7 3.7 1.0
市場ポートフォリオ 24.0 40.0 12.0 8.0 16.0
BL最適化結果 21.4 47.8 12.2 7.9 10.7

最後に平均分散法との比較を行います。表1の推定リターンを式(1)に直接使わず、見通しとして\(Q\)に入力(\(P\),\(Ω\)もそれに応じて設定)した場合、表6のようになります。

(表6)外国株式のリターン見通しを変更した場合の期待リターンとBL最適化結果

※\(τ\)は全て0.2とする

  国内株式(%) 国内債券(%) 外国株式(%) 外国債券(%) 安全資産(%)
均衡期待リターン 8.4 1.8 7.9 3.7 1.0
外国株式リターン:5.5% 7.6 1.9 6.0 3.2 1.0
外国株式リターン:7.0% 7.7 1.9 7.1 3.5 1.0
外国株式リターン:8.5% 7.9 1.9 8.3 3.7 1.0
市場ポートフォリオ 24.0 40.0 12.0 8.0 16.0
外国株式リターン:5.5% 23.3 46.4 4.3 12.2 13.7
外国株式リターン:7.0% 21.9 47.5 10.0 8.2 12.3
外国株式リターン:8.5% 20.4 48.8 15.6 4.5 10.7

BLモデルを使うことによって、最適化結果が極端な解とならないことが分かりました。外国株式のリターン見通しが5.5%のときは\(μ\)=6.0%と乖離が大きいですが、この場合は\(τ\)を調整することで見通しを強めることができます。例えば\(τ\)=0.01とすると均衡期待リターン(市場ポートフォリオ)を重視した結果になり、逆に\(τ\)=1.0とすると見通しを強く反映した結果になります(市場ポートフォリオからの乖離は大きくなります)。

(表7)見通しの強さ\(τ\)を変更した場合の期待リターンとBL最適化結果

※\(μ\)は全て5.5%とする

  国内株式(%) 国内債券(%) 外国株式(%) 外国債券(%) 安全資産(%)
均衡期待リターン 8.4 1.8 7.9 3.7 1.0
\(τ\):0.01 8.2 1.8 7.4 3.5 1.0
\(τ\):0.2 7.6 1.9 6.0 3.2 1.0
\(τ\):1.0 7.5 2.0 5.6 3.4 1.0
市場ポートフォリオ 24.0 40.0 12.0 8.0 16.0
\(τ\):0.01 23.6 40.9 10.5 8.0 17.0
\(τ\):0.2 23.3 46.4 4.3 12.2 13.7
\(τ\):1.0 24.2 49.4 1.3 16.1 9.1

まとめ

4. まとめ

ブラックリッターマン(BL)モデルによる最低化では、通常の平均分散法で見られる最適化の解の不安定さを軽減することができました。一方で、\(λ\)や\(τ\)、\(Ω\)をどう設定するかといった課題がある点には注意が必要です。

参考文献

  • [TH・YT] 津田博史,吉野貴晶,株式の計量分析入門,朝倉書店,(2016)
  • [TH・KT] 津田博史,小松高広,最適投資戦略,朝倉書店,(2018)
  • [CMA] 浅野幸弘,矢野学,証券分析とポートフォリオ・マネジメント第2次レベル第6回アセット・アロケーション,日本証券アナリスト協会,(2020)

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