吉野貴晶のクオンツトピックス

No.25
取り崩し可能期間の概算について

2024年04月09日号

投資工学開発部
吉野 貴晶

金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。

投資工学開発部
片山 幸成

ニッセイアセット入社後、デリバティブ取引やファンドのリスク管理業務に従事。18年1月より投資工学開発室にて主に機械学習を含む定量的手法、オルタナティブデータを活用した新たな投資戦略の研究開発を担当。

年間生活費の25倍貯められない場合、何年暮らせるか考えてみよう

  • 取り崩しシミュレーション
  • マクローリン展開を用いた近似

0. 予備知識、keywords

基本的な微積分学の知識を仮定します。

キーワード
FIRE、セミリタイア、4%ルール、数列、シミュレーション、マクローリン展開

1. Introduction

FIREを目指す場合4%ルールから逆算して年間生活費の25倍の資産を構築することがひとつの目標と言われています。例えば月10万円で生活するなら年間生活費は120万円なので目標金額は120万×25で3000万円です。月20万円で生活する場合は6000万円です。

  • Financial Independence, Retire Early の頭文字。経済的自立と早期リタイア。
一般的には、この水準までお金を貯めることは容易ではありません。今回はFIREというよりは、ある程度の期間自由に過ごしたい、将来は年金や遺産などで生活できるのでそれまで繋げれば十分というケースもあるかと思い、目標金額である年間生活費の25倍に届いていないとき、何年間暮らしていけるのかを考察します。

2. 注意点

今回の分析では簡単のため運用利回りは一定とします。また、年齢によって生活費も変化せずインフレやデフレによる変動もないとします。退職直後は退職金が存在することが多いことや式計算しやすくするため、退職時点を \(n=0\) とし、退職時の資産を全額運用し、年末に来年の生活費分を引き出し、残りを運用するという設定にします。

3. 数学的な定式化

運用開始後n年目の資産を \(a(n)\)、利回りを \(r\)、\(R:=1+r\) 、生活費を \(c\) とすると、注意点で述べたように生活費の取り崩しは年末に発生するので、

\[a(n)=R*a(n-1)-c\]

と表すことができる。ここで数列の特性方程式は \(x=Rx-c\) なので、\(x=c/(R-1)\) であるから、

\[a(n) – c/(R-1) = R*(a(n-1) – c/(R-1) )\]

と変形できます。
この時、両辺が同じ形なので順々に \(n\) をさげていき、整理すると次が得られます。

\[a(n) = R^n *(a(0) – c/(R-1)) + c/(R-1) \]

資産が枯渇する、つまり \(a(n)=0\) になる \(n\) を求めます。

\[ 0=R^n *( a(0) – c/(R-1)) + c/(R-1) \]

なので、\(R\) を \(1+r\) に戻して整理すると

\[ (1+r )^n = 1/(1- a(0)r/c) \]

なので \(1+r\) を底として、対数を取ると

\[ n=log_{(1+r)} 1/(1- a(0)r/c) \]

となります。

エクセル等で計算するときはこれでいいのですが、対数を暗算するのは難しいので上の式を計算しやすい形で近似することを考えます。

対数関数の近似

\[ n=log{}_{(1+r)} \frac{1}{1-\frac{a(0)r}{c}} \]

ここでlog内の分数における \(a(0)r/c\) を考えます。\(a(0)\) は初期資産で \(r\) は運用利回りなので \(a(0)r\) は初年の運用で得られる利益を指しています。\(c\) は生活費だったので、これらの比を取っているわけです。
例えば初期資産が2000万で、運用利回りが4%、生活費が200万なら 2000万*4%/200万 なので0.25です。もし、運用利回りが年間生活費を超えているならずっと資金を減らさず暮らせるので今回考えている状況では \(a(0)r/c\) は1より小さい数字になっています(そのため対数内も正の値になっています)。

さて、\(a(0)r/c\) を一塊で考えて、\(y(<1)\) とおきます。この時、マクローリン展開によって

\[ \frac{1}{1-y} = 1+y+y^2+y^3+・・・ \]

と近似できます。さらに、

\[ log(1+w) = \frac{w}{1} - \frac{w^2}{2} + \frac{w^3}{3} + ・・・ \]

ここで \(1/1-y\) のマクローリン展開の \(y+y^2+y^3+・・・\) の部分を \(w\) だと思って \(log\) のマクローリン展開に代入します。上のマクローリン展開はあくまで底がネイピア数である前提なので、対数の底変換もあわせて

\[ n=\frac{1}{log_e(1+r)} \left( \{y+y^2+y^3+・・・\}-\frac{1}{2}\{y+y^2+y^3+・・・\}^2 +\frac{1}{3}\{y+y^2+y^3+・・・\}^3 \right) \]

ここで最初の項も同様にマクローリン展開でき、今 \(r\) は小さいので今回はシンプルに一次近似して \(1/r\) とします。また、かっこ内の \(y\) について低い次数から順々に整理していくことで

\[ n=\frac{1}{r}\left( y+\frac{1}{2}y^2 + \frac{1}{3}y^3 + ・・・ \right) \]

ここで、天下り的ですが、パラメーターの桁数や関数の単調性、計算のしやすさなどを考慮して、

\[ n=\frac{a(0)}{c} + \frac{1}{2}\left( \frac{a(0)}{c} \right)^2r + \left( \frac{a(0)}{c} \right)^3r^2 \]

と近似します。さらに\(f:=a(0)/c\) と置くことで、次のように整理できます。

\[ n=f\left( 1 + \frac{fr}{2} + (fr)^2 \right) \]

運用で利益が得られない場合は単純に初期資産 \(a(0)\) を毎年 \(c\) ずつ取崩していくことになるので、後半の2項が運用したことによる効果と考えることができます。

結果の一覧表

これまでの議論で得られた元々の数列の解を(A)、それを近似した式を(B)として違いを見ていきます。

\[ n=log_{(1+r)} \frac{1}{1-fr} ・・・(A) \] \[ n=f\left( 1 + \frac{fr}{2} + (fr)^2 \right) ・・・(B) \]

横方向は利回り \(r\) の水準、縦方向は \(f\) つまり生活費の何倍貯めて退職したかを表しています。各セルの数値が \(n\) の値つまり取り崩し可能な年数です。
ここで式(A)が発散する場合、つまり資産が枯渇しないケースでは表1の該当セルを空白にしています。また式(B)での対応するセルを黒にしています。右上にいくほど資産が減りにくくなるので、近似精度が悪くなっています。

表1

(A) 1% 2% 3% 4% 5% 6% 7% 8% 9%
20倍 22.4 25.8 31.0 41.0          
19倍 21.2 24.1 28.6 36.4 61.4        
18倍 19.9 22.5 26.3 32.5 47.2        
17倍 18.7 21.0 24.1 29.1 38.9        
16倍 17.5 19.5 22.1 26.0 33.0 55.2      
15倍 16.3 18.0 20.2 23.4 28.4 39.5      
14倍 15.2 16.6 18.4 20.9 24.7 31.5 57.8    
13倍 14.0 15.2 16.7 18.7 21.5 26.0 35.6    
12倍 12.8 13.9 15.1 16.7 18.8 21.8 27.1 41.8  
11倍 11.7 12.5 13.5 14.8 16.4 18.5 21.7 27.5 53.4
10倍 10.6 11.3 12.1 13.0 14.2 15.7 17.8 20.9 26.7

表2

(B) 1% 2% 3% 4% 5% 6% 7% 8% 9%
20倍 22.8 27.2 33.2 40.8 50.0 60.8 73.2 87.2 102.8
19倍 21.5 25.4 30.6 37.2 45.2 54.5 65.2 77.3 90.8
18倍 20.2 23.6 28.1 33.8 40.7 48.7 57.9 68.3 79.8
17倍 18.9 21.9 25.8 30.6 36.5 43.4 51.2 60.0 69.8
16倍 17.7 20.2 23.5 27.7 32.6 38.4 45.0 52.5 60.7
15倍 16.5 18.6 21.4 24.9 29.1 33.9 39.4 45.6 52.5
14倍 15.3 17.1 19.4 22.3 25.8 29.8 34.3 39.4 45.0
13倍 14.1 15.6 17.5 19.9 22.7 26.0 29.7 33.8 38.4
12倍 12.9 14.1 15.7 17.6 19.9 22.5 25.5 28.8 32.5
11倍 11.7 12.7 14.0 15.5 17.4 19.4 21.8 24.4 27.2
10倍 10.6 11.4 12.4 13.6 15.0 16.6 18.4 20.4 22.6

まとめ

4. 結果の解釈とまとめ

まず先の図の基本的な見方を説明します。
横方向は利回り \(r\) の水準、縦方向はfつまり初期資産が生活費の何倍かを意味していて、冒頭述べたようにFIREでは \(f=25\) が目標とされることが多いです。今回は10倍~20倍の範囲を表にしています。

例えば、年間生活費が200万、資産2000万、利回り4%の場合は、\(f=2000/200=10 、r=0.04\) ですので、横方向が4%、縦方向が10倍のセルに対応しています。
表2では \(n=13.6\) となっていますが、実際、式(B)を用いて、\(n=10(1+10*0.04/2+(10*0.04)^2)=10(1+0.2+0.16)=13.6\) と計算できます。

資産が多い(表の上側)ほど、利回りが高い(表の右側)ほど長く暮らせるのは直感通りです。運用せずに単純に取り崩す場合は暮らせる期間が \(f\) それ自体で、\(r=1\%\) など利回りが低いときは \(f\) より少しだけ長く暮らせるだけですが、4%などある程度利回りが高くなると差が出てくることが分かります。

また、注意点としては、例えば20倍の資産で5%の利回りの場合は資産が尽きることがないため、何年でも暮らせてしまいます。そのため右上(資産が多い・利回りが高いゾーン)にいくほど、近似精度が悪くなってしまうのですが、それ以外の部分では大きな誤差なく近似出来ていることが確認できます。

実際には投資のリターンや生活費は変化していくものですが、低リターン低リスクな投資をしている場合や運用をしない単純な取り崩しと比較するために概算見積もりをするケースなどにご活用いただければ幸いです。

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