吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』
No.54
成長株を見つけるための「在庫増加」の観点
2024年07月30日号
投資工学開発部
吉野 貴晶
金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。
- 3つの基準を使った銘柄選別。
- 直前の本決算で在庫が前年と比べて増えていること
- 直前の四半期決算で四半期の売上高が、前年同期と比べて増えていること
- 直前の四半期売上高の前年同期比が、昨年の同じ時期の前年同期比を上回っているかということ
企業の成長性の観点で銘柄選択する際、最も重要な尺度の1つが“売り上げの増加”です。利益を増やすことのほうが株主価値を高める目的により整合的ですが、利益を増やすのは費用を減らすことでも実現できます。企業が成長する上で費用を減らして収益性を高めることも重要ですが、企業が成長して事業規模を拡大していくには、売上高が増えていくことが必要となります。そして、将来の売上高を増やしていく上で在庫が大きなカギとなります。企業にとって自社の製品への需要が増える状況では、あらかじめ在庫を増やしておくことで、スムーズな供給ができて、売り上げ増につながるからです。従って“将来の売り上げ増を見込んで、在庫を増やし、実際に売り上げが伸びている企業”は成長が期待されます。ただ、在庫が増えることには、注意が必要です。自社の製品が売れると見込んで製造を増やし、在庫を増加させたのに、その製品が思ったほど売れずに売れ残ってしまうことがあるからです。成長が期待される企業は「在庫を増やし、実際の売り上げが伸びている」ことが重要です。
そこで、次のような3つの銘柄スクリーニング基準の戦略を考えました。1つ目は、直前の本決算で企業が公表する在庫が前年と比べて増えていることです。売り上げの伸びについての条件は、2つ目以降の基準で設定します。直前の四半期決算で企業が公表した四半期の売上高が、前年同期と比べて増えているというものです(2つ目の基準)。そして、直前の四半期売上高の前年同期比が、昨年の同じ時期の前年同期比を上回っていることを3つ目の基準に設定しました。これが、将来に向けて更に売り上げの伸びが増えそうという期待に関する条件です。四半期売上高が前年同期と比べて増えている(2つ目の基準)ことで、足元の売り上げが増えてきた傾向は捉えられます。しかし、前年(同期の四半期売上高)の伸びに比べて、直前の四半期売上高の伸びが鈍化していたら、売り上げの伸びは今後鈍化する可能性が高いでしょう。そうなると、1つ目の条件をクリアして在庫を増やしている企業について、その在庫が将来売れなくなるかもしれません。3つ目の条件は少々複雑なので、図1を使っていま一度確認しましょう。
ここでは2024年7月末時点で3月期決算企業のうち、既に7月中に第1四半期決算発表が行われている企業を判断するとします。先ず、図中の(A)は「直前の四半期決算で企業が公表した四半期の売上高が前年同期をどの程度上回っているか」を見るものです。具体的な式は次です。
- A : (2024年度第1四半期売上高-2023年度第1四半期売上高) ÷ 2023年度第1四半期売上高
次に、前年同期時点で同じ計算をしたものが(B)になります。
- B : (2023年度第1四半期売上高-2022年度第1四半期売上高) ÷ 2022年度第1四半期売上高
3つ目の条件はこれらの計算をした後で、AがBを上回っているかを見るものです。この条件が重要なのは、こうした戦略を過去から行った場合の株式パフォーマンスから分かります。
実際のパフォーマンス結果を紹介しましょう。検証は次のように行いました。2012年1月から、毎月末にユニバースである金融業(銀行、証券、保険、その他金融)を除いたTOPIXの構成銘柄の中から、当該月末時点で明らかになっている(企業が既に公表した)決算情報を用います。
そして“将来の売り上げ増を見込んで、在庫を増やし、実際に売り上げが伸びている企業”として、毎月末に、前述した“3つの条件”を満たす銘柄群に等金額投資したポートフォリオの翌月のリターンを求め、ユニバース全体に等金額投資した場合のリターンを引いて超過部分を計算します。超過リターンを計算する理由は、ユニバース全体の平均的なリターンと比べて、同戦略で選ぶ銘柄のリターンがどの程度上回っているかを見るためです。検証期間のエンドとなる2024年6月まで、2012年以降の超過リターンを毎月累積した推移を観察していきます。
図2で示された分析結果によると、 青線で示した“3つの条件”を満たす戦略のグラフが右肩上がりとなっています。長期的に同戦略の有効性が高いことを示しています。また、最後の3つ目の条件を除いた、2つの条件、つまり“在庫が前年より増えて、直近の売上高が前年同期より改善した銘柄”の戦略のパフォーマンスを示した赤線も長期的には上昇していますが、青線のほうが赤線を上回っています。これらのパフォーマンスの違いは3つ目の条件にあるのですが、結論は3つの条件を合せることが効果的な戦略になることが示されました。
ただ、この戦略でも留意すべき点があります。図2の中の矢印が示す期間(2018年から2020年初頭にかけて)では、青線のグラフは下落しており、本戦略の効果が厳しかったことが分かります。当時の投資環境を振り返るために、景気動向指数も合せて示しました。この間の累積DI一致指数が下落しており、景気は減速していました。実際に内閣府が公表する景気基準日付で見ても、第16循環の山である2018年10月から2020年5月の谷までの景気後退期とほぼ重なります。2018年はトランプ政権のもとで米中貿易戦争が本格化してきたことで、世界的な景気減速となりました。日本も輸出企業を中心に厳しい経営環境となりました。そして、2019年10月に行われた消費増税も国内消費に大きなマイナス要因となりました。このように景気が転換期を迎えて、その後、景気後退が大きくなる場面では、売り上げが好調で、在庫を増やしてきた企業にとっては厳しい状況となります。個人消費の減速などから急激に需要が冷え込んでしまうことで売れない在庫を抱え込んでしまうケースが想定されるからです。ただ、図2をみると、矢印以外の場面で景気動向指数が下がるケースもありましたが、短期的な景気の下げ場面で、青いグラフは大きな下げは見られませんでした。本格的な景気後退期を迎える場面以外では、同戦略は底堅く有効であることがわかります
吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』
関連記事
- 2024年08月02日号
- ブラックリッターマンモデルを用いたポートフォリオ最適化について
- 2024年07月16日号
- 【アナリストの眼】株式市場を牽引する生成AI
- 2024年04月09日号
- 取り崩し可能期間の概算について
- 2024年04月04日号
- 【アナリストの眼】「PBR1倍割れ脱却」の対話は国益に資するのか
- 2024年03月12日号
- “PBR是正要請”に対する開示企業の株価
「吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』」ご利用にあたっての留意点
当資料は、市場環境に関する情報の提供を目的として、ニッセイアセットマネジメントが作成したものであり、特定の有価証券等の勧誘を目的とするものではありません。
【当資料に関する留意点】
- 当資料は、信頼できると考えられる情報に基づいて作成しておりますが、情報の正確性、完全性を保証するものではありません。
- 当資料のグラフ・数値等はあくまでも過去の実績であり、将来の投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。また税金・手数料等を考慮しておりませんので、実質的な投資成果を示すものではありません。
- 当資料のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。
- 手数料や報酬等の種類ごとの金額及びその合計額については、具体的な商品を勧誘するものではないので、表示することができません。
- 投資する有価証券の価格の変動等により損失を生じるおそれがあります。