吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』
No.53
“PBR是正要請”に対する開示企業の株価
2024年03月12日号
投資工学開発部
吉野 貴晶
金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。
- 各企業のコーポレート・ガバナンスに関する報告書で“資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応”を「開示」した企業はPBR上昇の傾向が強い。
- 「開示」企業は株式パフォーマンスも好調。
2023年3月末に東京証券取引所(以下、東証)は、プライム市場及びスタンダード市場の全上場会社を対象に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請を実施しました。そのフォローアップの趣旨から、東証は今年の1月15日に、各企業のコーポレート・ガバナンスに関する報告書で“資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応”を「開示」、あるいは「検討中」の企業リストをウエブサイトを通じて公表しました。以後、このリストは毎月15日を目処に公表されます。2回目は2月15日に行われ、1月の公表リストと比べて、新たに開示企業が特定できるようなリストが提示されました。今号では「開示」企業のPBR(株価純資産倍率)や株価が実際にどのように変化したのかを観察します。
昨年3月末の要請の趣旨は東証のウェブサイトに詳細に示されています。そのポイントは、“PBR1倍割れは資本コストを上回る資本収益性を達成できていない、あるいは成長性が投資者から十分に評価されていないことが示唆される1つの目安”とされています。そこで、“資本収益性や市場評価に関して、改善に向けた方針や具体的な目標について、投資者にわかりやすい形で示すことが期待される”というものです。既にPBRが1倍を超えている企業にも、さらなるPBRの向上の目標を設定することが期待されていました。ただし、公表資料では、“プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場会社がROE8%未満、PBR1倍割れと、資本収益性や成長性といった観点で課題”と指摘しています。PBRが1倍を割れている企業に対して、PBRの是正を促す趣旨がメインであったと見られます。
そこで、今年1月に東証が公表した開示企業のリストを用いて、東証から要請が行われた昨年3月末から昨年末までの9カ月間に、「開示」企業が「非開示」企業と比べて、どの程度PBRを高められたかを観察しました。具体的には次のような分析を行います。プライム市場に上場で昨年3月末時点でPBRが1倍を割れている企業を母数とします。そのうち今年1月に東証が公表した企業リストで“開示”とさている企業に絞ります。そして、開示企業のPBRが昨年末までの間にどのように変動したのかを見るために、それぞれのPBRの変化差を求めて開示企業全体の平均を算出します。例えば、図表1の1行目(NO.1)の結果の“分類1(図表1の青字)”を見ると、0.12倍と表示されています。これは、開示企業を平均すると年末までにPBRが0.12上昇したということを示しています。一方、“分類2(図表1の赤字)”は0.09倍となっています。非開示企業(開示検討中は除く)のPBRも0.09上昇したことを表します。ここで注目したいのはp値の水準です、これら2つの分類のPBR上昇の平均が統計的に有意に離れているのかを見るもので、p値が10%より小さければ差が有意に異なると解釈されます。つまり、プライム市場では、開示企業のPBRは非開示企業と比べて統計的有意に高まったことが分かります。
図表1:分析対象とした分類(分類1と分類2)
NO. | 属性1 | 属性2 | 分類の基準 | 結果:上昇したPBR幅の平均値(倍) | 平均値の差の検定 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
起点(2023年3月末)のPBR | 市場 | 分類1 | 分類2 | 分類1 | 分類2 | p値 | |
1 | PBRが1倍未満 | プライム | 開示 | 非開示(検討中は除く) | 0.12 | 0.09 | 8.3% |
2 | 検討中 | 非開示(検討中は除く) | 0.11 | 0.09 | 33.7% | ||
3 | 英文開示 | 英文開示なし | 0.13 | 0.10 | 4.5% | ||
4 | スタンダード | 開示 | 非開示(検討中は除く) | 0.03 | 0.05 | 21.5% | |
5 | 検討中 | 非開示(検討中は除く) | 0.03 | 0.05 | 61.7% | ||
6 | 英文開示 | 英文開示なし | 0.03 | 0.03 | 93.2% | ||
7 | PBRが0.8倍未満 | プライム | 開示 | 非開示(検討中は除く) | 0.13 | 0.10 | 1.9% |
8 | 検討中 | 非開示(検討中は除く) | 0.12 | 0.10 | 31.3% | ||
9 | 英文開示 | 英文開示なし | 0.16 | 0.12 | 1.8% | ||
10 | スタンダード | 開示 | 非開示(検討中は除く) | 0.04 | 0.06 | 30.0% | |
11 | 検討中 | 非開示(検討中は除く) | 0.05 | 0.06 | 65.7% | ||
12 | 英文開示 | 英文開示なし | 0.09 | 0.04 | 59.0% |
図表1は12種類の系列ごとに2つの分類のPBRの変化の比較をしています。ここから次のことがポイントとして示されます。
- プライム市場では、PBRが1倍未満で開示と非開示では、開示の企業のほうが有意にPBRが高まる傾向が見られる。そして、PBRが0.8倍未満で絞った分析では、p値がさらに小さいことから、PBRがより低い企業ほど開示によってPBRが高まる傾向が示唆される。
- プライム市場では、英文開示企業のほうが、英文開示なし企業と比べて、有意にPBRが高まる傾向が見られる。そして、PBRが0.8倍未満で絞った分析では、p値がさらに小さいことから、PBRがより低い企業ほど英文開示によってPBRが高まる傾向が示唆される。
- スタンダード市場では、開示・非開示、英文開示・英文開示なしのいずれの分類でも、PBRの変化に関して有意な差が見られない。
資本収益性や市場評価に関して、改善に向けた方針を開示した企業のほうがPBRが高まるという結果は、東証の趣旨とも整合的です。企業が市場での評価を高める努力を示すことが、PBR上昇につながったと見られます。また、英文開示をしている企業のほうが、英文開示なしの企業よりPBRが高まるという結果からは、外国人投資家向けに企業側の姿勢を示すことが効果的であったと考えられます。
一方で、スタンダード市場では、このような傾向が明確に見られなかったことは留意点です。プライム市場と比べて市場参加者の銘柄選別の観点が異なるのかもしれません。
さて、ここでもう1つの検証結果も紹介します。こちらはシンプルに株価変動の推移を見たものです。1月15日に東証から開示・非開示の企業リストが公表されました。これらの企業の株価が公表後にどのように推移したかを見ています。その翌日1月16日から2月20日まで、プライム市場に上場している開示企業と非開示(開示検討中は除く)企業それぞれに該当する銘柄の累積株式パフォーマンスを平均しました。結果を図表2に示しています。
開示企業の株式パフォーマンスは非開示企業のパフォーマンスを上回っています。毎月、東証から公表されるリストには、開示企業が追加されていきますが、こうしたリストも銘柄選別の基準として利用できるかもしれません。
- 本稿の作成にあたり神戸大学経済学部・大学院経済研究科の岩壺健太郎教授に有益なコメントをいただきました。ここに感謝を申し上げます。
吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』
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