吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』
No.51
注目のDOEを用いた投資戦略の効果(1)
2024年02月06日号
投資工学開発部
吉野 貴晶
金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。
- DOE(自己資本配当率)を資本政策の目標にする企業が増えつつある中、DOEによる銘柄選択の有効性は高い。
- 足元の有効性の低下はバリュースタイルが優位な市場における物色の変化の影響。
今号では、企業の株主還元の度合いを測る指標として注目が集まっているDOE(Dividend on Equity Ratio:自己資本配当率、または株主資本配当率)による銘柄選択の有効性を取り上げます。
東証が推進する企業のPBR(株価純資産倍率:株価÷純資産)改善に向けた経営改革の流れの中で、企業の株主還元姿勢が注目されています。企業が配当の支払いを増やして内部留保を減らすことは、ROE(自己資本利益率:純利益÷自己資本)の分母の自己資本を増やさないことにつながるからです。分子の純利益を増やすことはROE向上に直結し、このことが市場で評価されてPBRの向上にも結びつくと期待されています。
企業が示す株主還元の目標水準には配当性向がよく使われます。一般社団法人生命保険協会が昨年4月に公表した「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート集計結果」では、回答があった企業467社のうち、中期経営計画で配当性向の水準を目標に示している企業は35.8%でした(自社株買いも含んだ総還元性向を目標とする企業も単純に合わせると約50%)。しかし、近年はDOEを株主還元の目標に設定する企業が増えつつあります。これは配当支払いの”安定“につながるからです。
企業が設定する配当性向(配当額÷純利益)の目標値には30%~40%などが多く見られます。こうした企業にとっては、2020年からのコロナ禍で企業の利益が減ると、その利益に配当性向を乗じた分(利益の30%~40%)が配当なので、利益の減少とともに配当の支払いも減ってしまいます。一方、コロナ禍からの回復環境で利益が増えれば、配当の支払いも増えるため、利益の変動とともに配当も大きく変動してしまいます。これに対して、DOE(配当額÷自己資本)を資本政策の目標にするケースはどうでしょうか。自己資本は年による変動が小さいため、配当が安定します。投資家にとっても、受け取る配当が安定して見込まれる(減配のリスクが小さい)なら、銘柄を選ぶ際に重要なポイントになるでしょう。
まず、DOEによる銘柄選択効果を検証する前に、TOPIX(東証株価指数)構成銘柄のDOEの状況を確認しておきましょう。
図表1:TOPIX構成銘柄のDOEの状況
平均値 | 中央値 | 高い方から4分の1 (25%)水準 |
低い方から4分の1 (25%)水準 |
高い方から 5%の水準 |
---|---|---|---|---|
3.5% | 2.6% | 4.2% | 1.7% | 9.4% |
対象銘柄のDOEを単純平均すると3.5%となりました。ただし、対象銘柄の中には、DOEが突出して高い銘柄があるため、平均値が実感よりプラス方向に引っ張られる傾向があります。したがって、ある企業のDOEが市場でどの程度の位置にあるのかを捉えるには、平均値と比べるよりも中央値と比べたほうが分かりやすいかもしれません。中央値とは高い方から順に並べた時に、ちょうど真ん中にくる値です。DOEの中央値は2.6%です。これらの状況から、今回の分析ではDOEがある程度の高水準にある銘柄として“3%以上”を基準にしました。また、DOEが高い方から4分の1(25%)水準が4.2%であることから、“4%以上”の銘柄はDOEがさらに高い銘柄群として捉えます。
DOEによる銘柄選択効果を検証していきます。検証期間は2023年12月まで、過去10年間を月次サイクルで検証します。2013年12月末から、毎月末にユニバースであるTOPIX(東証株価指数)構成銘柄の中から、東洋経済新報社が提供する今期予想配当額を用いて“DOEが3%以上”と“DOEが4%以上”の銘柄をそれぞれ抽出します。こうして選んだそれぞれの銘柄群に等金額投資したポートフォリオの翌月のリターンを求め、ユニバース全体に等金額投資した場合のリターンを引いて超過部分を計算します。超過リターンを計算する理由は、ユニバース全体の平均的なリターンと比べて、DOEが魅力的な銘柄のリターンがどの程度上回っているかを見るためです。検証期間のエンドとなる2023年12月まで、2014年以降の超過リターンを毎月累積した推移を観察していきます。分析結果を図表2に示しました。累積超過リターンのグラフが右肩上がりとなっていることは、有効性の高さを表しています。
また、“DOEが3%以上”と“DOEが4%以上”のパフォーマンスを比較すると、よりDOEが高い“4%以上”のパフォーマンスが上回っていることも注目です。
一方で、2つの点に留意する必要があります。第1に、DOEが“3%以上”のパフォーマンスと“4%以上”のパフォーマンスに差異が見え始めたのは、2018年以降(図表2の〇印)です。それ以前は、パフォーマンスはほぼ同水準でした。これは、株主還元への注目が高まる中、企業経営における資本政策の指標としてDOEがクローズアップされてきたのが2018年以降であるからと考えられます。
第2の留意点は、2021年以降はDOEによる銘柄選択効果が低下していることです(図表2の□印ではグラフは横ばい傾向)。企業の株主還元姿勢が注目されているものの、投資尺度として用いる場合には、配当額と株価の割合を示した配当利回りなどバリュー指標の方が相対的に有効となっているようです。
“DOEが4%以上”を基準として用いた投資戦略は、長期的なトレンドで見れば有効性が高いと考えらえます。ただし、株式市場における短期的な物色の変化を踏まえると、配当を別の角度で捉えた投資指標の配当利回りと合わせて活用する方法が考えられます。次号では、DOEと配当利回りを融合した投資戦略を紹介します。
吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』
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