吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』
No.45
PERを成長率で調整した指標の効果(2)
2023年02月16日号
投資工学開発部
吉野 貴晶
金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。
- グレアムモデルを日本株の評価を行うために修正する。
- 業種毎にモデル化が必要であり、効果的でない業種も存在するが、修正グレアムモデルには高い銘柄選択効果が示された。
今号では、前号に続き、成長している企業の割安度合いを測る戦略を取り上げます。証券分析の創始者として知られるベンジャミン・グレアムが考案した株式価値評価方法(グレアムモデル)を紹介します。
グレアムが著書”The Intelligent Investor“(和訳は「新賢明なる投資家」)で示したグレアムモデルは、1株当たりの利益を見積もり、そこに銘柄の質(成長率)を乗じて株価を算出する方法です。計算式は(1)です。ここでは原著のままではなく、分かりやすい表記に改めていきます。
(1)の両辺を純利益で割ったものが(2)式です。
グレアムモデルでは成長率を2倍して8.5を足したものが妥当PERとなります。そして、足元の株価で計算されたPER(株価収益率:Price Earnings Ratio)が、この値を上回っていたら割高、逆に下回っていたら割安と判断します。利益の成長が大きい企業は、市場の期待が反映されて足元のPERで見ると割高になるまで買い上げられることも少なくありませんが、成長率を考慮して将来の利益でPERを計算すると割高とは言えないケースも見られます。(図1)前号で紹介したPEGレシオとは逆に、グレアムモデルでは、成長率が高いほど妥当PERが高くなるように計算されます。
ところで、グレアムモデルは米国株を評価するために考えられたものです。日本株を評価するためには(2)式を調整する必要があります。(2)式は、成長率が1%増えればPERがプラス2(倍)まで許容されることを表します。例えば、成長率が5%の企業は18.5倍(8.5+5 [%] ×2)が妥当PERとなりますが、成長率が1%増えて6%になると、妥当PERはプラス2されて20.5倍(8.5+6[%] ×2)となります。ここで、現状の日本株全体のPERを日経平均株価を使って考えてみます。2月3日現在の日経平均株価は27509.46円です。日本経済新聞社が公表する今期予想PERは12.78倍なので、今期予想EPS(1株あたり純利益:Earnings Per Share)は27509.46円÷12.78倍の2152円となります。一方、前期実績PER(13.5倍)を使うと、同様の計算により前期実績EPSは2037円となります。これら前期と今期のEPSから、成長率は(2152円ー2037円)÷ 2037円=5.6%となります。先ほど試算したグレアムモデルでは、成長率が5%で18.5倍が妥当PERとなっていましたが、足元の日経平均株価のPERは大幅にこの水準を下回っています。日本株の評価にそのまま(2)式を使うのは適切ではありません。そこで、日本株を評価するための“修正グレアムモデル”を考えてみました。図2は、TOPIX17業種の「運輸、物流」業に該当する銘柄を対象とした、成長率とPERのプロットと、修正グレアムモデルを示したものです。ここでは、PERは(3)式、成長率は今年度・来年度(2年間)の営業利益の年平均成長率(CAGR:Compound Average Growth rate)による(4)式で求めます。前号のPEGレシオで用いたものと同様です。なお、予想純利益と予想営業利益は東洋経済新報社の予想値を用います。
修正グレアムモデルは統計学で一般的な回帰分析により求めています。回帰分析はTOPIX17業種それぞれに行います。これは、成長率とPERの関係が業種によって大きく異なるためです。TOPIX17業種の12番目業種の「運輸、物流」では、修正グレアムモデルは(5)式となります。
投資戦略としての活用は次のように行います。図2で、A社は成長率が10%でPERが10.9倍とします。成長率が10%の場合に(5)式で妥当PERを求めると、4.743+10%×0.615=10.9倍となります。A社は妥当なPERであることが分かります。一方、B社は成長率が5%です。(5)式で妥当PERは7.8倍と求められるため、市場で10倍のPERとなっているB社は割高企業です。対照的にPERが18倍となっているC社ですが、成長率が25%であることから、(5)式から妥当PERは20倍であり割安企業です。このように修正グレアムモデルのトレンドラインからの乖離(妥当PERと実際のPERの差)に着目して、乖離がプラスに大きければ、それだけ割安度合いが大きいと捉えることができます。
このような投資戦略に、どの程度の銘柄選択効果があるのかを検証しました。直近の2022年12月まで過去10年間の月次サイクルでの検証です。2012年12月末から毎月末、TOPIX(東証株価指数)構成銘柄のうちTOPIX17業種の「運輸、物流」に該当する銘柄で、さらに修正グレアムモデルが適切に計算可能な銘柄に絞り、これらをユニバースとして妥当PERと実際のPERの乖離が大きい魅力的な銘柄の上位3分の1までを抽出します。こうして選んだ銘柄に等金額投資したポートフォリオの翌月のリターンを求め、ユニバース全体に等金額投資した場合のリターンを引いて超過部分を計算します。超過リターンを計算する理由は、「運輸、物流」業のユニバース全体の平均的なリターンと比べて、修正グレアムモデルによる魅力的な銘柄のリターンがどの程度上回っているかを見るためです。検証期間のエンドとなる2022年12月まで、2013年以降の超過リターンを毎月累積した推移を観察していきます。なお、修正グレアムモデルが適切に計算可能な銘柄にユニバースを絞っていますが、具体的には前年度実績の営業利益と今年度・来年度予想営業利益が全て黒字で、さらに(4)で計算される成長率もプラスの銘柄のみを対象としています。銘柄選択効果の分析結果を図3に示しました。
累積超過リターンの値が右肩上がりとなっていることは、有効性の高さを表しています。修正グレアムモデルの効果のグラフは、10年前の起点と比べると累積超過リターンがプラスとなっていることから、高い銘柄選択効果が確認できます。また、PERの効果(同様のルールで、PERの下位3分の1までに該当する銘柄への等金額投資)のグラフを上回っていることも注目です。修正グレアムモデルを利用する上では、業種毎にモデルを設定する必要があるほか、業種によっては成長率の確信度が高くない業種があることには留意が必要ですが、成長している企業の割安度合いを測る戦略として効果的だと考えられます。
- 参考文献:「新賢明なる投資家」上、下(改訂版)2005年
ベンジャミン・グレアム, ジェイソン・ツバイク(著)/増沢 和美, 新美 美葉, 塩野 未佳(翻訳)
吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』
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