吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』
No.44
PERを成長率で調整した指標の効果(1)
2023年02月03日号
投資工学開発部
吉野 貴晶
金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。
- PEGレシオの銘柄選択効果は長期的にはPERに劣後する。しかし、市場が企業の成長に注目する局面ではPERと比べて優位となる傾向がある。
- PEGレシオの効果が景気動向に連動することには留意が必要。
今号では、成長している企業の割安度合いを判断するPEGレシオ(Price Earnings Growth Ratio)の銘柄選択の有効性を取り上げます。
まず、PEGレシオについて、PER (株価純資産倍率:Price Earnings Ratio)との関係から説明しましょう。割安銘柄を見つける代表的な指標にPERがあります。株価を1株当たり利益(EPS:Earnings Per Share)で割ることで、“株価が利益の何倍まで市場で買われているか”を知ることができます。例えば、今年度の予想利益を用いて計算したPERが20倍の企業であれば、利益の20倍まで株価が買われているということです。足元(1月20日現在)で日本経済新聞社が公表する日経平均株価のPERは12.38倍ですので、同水準と比べて20倍まで買われている企業はPERの観点から割高株と言えます。しかし、利益成長率が高い企業については、どうでしょうか。例えば、来年度の利益が前年度の2倍を見込む高成長企業を考えてみます。PERの分母のEPSが倍になると、来年度のPERは今年度の半分の10倍となり、割高株とは言えなさそうです。利益成長が大きい企業は、市場の期待で足元のPERで見ると割高になるまで買い上げられることも少なくないですが、成長率を考慮すると割高とは言えないケースもあります。
このように成長株の中には足元のPERでは割高でも、将来、予想される利益を用いるとPERが割安となる企業が存在します。しかし、遠い将来の利益を予想することは困難です。そこでPERをシンプルに成長率で修正した投資指標のPEGレシオが利用されています。(1)が基本式です。値が小さいと割安、大きいと割高と評価します。経験的には1倍を下回ると割安、2倍を上回ると割高の警戒水準ともされています。
なお、(1)を計算する際に、分子のPERは(2)により求めます。
次に、分母の成長率は今年度・来年度(2年間)の営業利益の年平均成長率(CAGR:Compound Average Growth rate)により求めます。CAGRは複利を考慮した平均成長率の計算方法として一般的です。なお、予想純利益と予想営業利益は東洋経済新報社の予想値を用います。
このようにして計算したPEGレシオに、どの程度の銘柄選択効果があるのかを検証しました。直近の2022年12月まで過去10年間の月次サイクルでの検証です。2012年12月末から毎月末、TOPIX(東証株価指数)構成銘柄の中で、PEGレシオが適切に計算可能な銘柄に絞り、これらをユニバースとしてPEGレシオが魅力的な(値が小さい)銘柄の上位10%までを抽出します。こうして選んだ銘柄に等金額投資したポートフォリオの翌月のリターンを求め、ユニバース全体に等金額投資した場合のリターンを引いて超過部分を計算します。超過リターンを計算する理由は、ユニバース全体の平均的なリターンと比べて、PEGレシオが魅力的な銘柄のリターンがどの程度上回っているかを見るためです。検証期間のエンドとなる2022年12月まで、2013年以降の超過リターンを毎月累積した推移を観察していきます。なお、PEGレシオが適切に計算可能な銘柄にユニバースを絞っていますが、具体的には前年度実績の営業利益と今年度・来年度予想営業利益が全て黒字で、さらに(3)で計算される成長率もプラスの銘柄のみを対象としています。銘柄選択効果の分析結果を図1に示しました。
累積超過リターンの値が右肩上がりとなっていることは、有効性の高さを表しています。PEGレシオの効果のグラフは10年前の起点と比べると累積超過リターンがプラスとなっていることから、一定の銘柄選択効果が確認できます。しかし、PERの効果(同様のルールで、PERの下位10%までに該当する銘柄への等金額投資)のグラフが累積超過リターンでは上回っています。
PEGレシオとPERとの銘柄選択効果の比較をするために、それぞれの超過リターンについて累積する前の値で差を求めました。グラフが0%を下回るマイナスの場面で、PEGレシオの効果がPERの効果を上回ることを示します。多くの期間でグラフはプラスとなっており、長期的に見ればPEGレシオよりもPERの方が銘柄選択効果が高いようです。とはいえ、いくつかの局面ではグラフがマイナスとなり、PEGレシオの銘柄選択効果が上回っている時期も見られます。近年では、2020年半ばから2021年半ばにかけて(図1の丸印)マイナスとなっています。当時はコロナ禍でビジネスモデルの変革が必要だった企業が少なくなく、企業の回復や成長が注目された局面でした。企業の成長に市場の焦点が当たる局面では、”成長性を考慮した指標である”PEGレシオの効果がPERの効果を上回ると考えられます。
さて、足元の投資環境に目を向けてみましょう。根強い国内金利の先高観を背景に、割安株の相対的なパフォーマンスが優位となってきました。他方、世界的な景気減速懸念が高まるなか、今後は個別企業の成長率に投資家の視点が移ってくるとも見られます。こうしたなかで、今後はPEGレシオに注目したい局面と考えられます。ただし、気になる分析を紹介します。景気全体の動きを捉えるために、図2に内閣府が公表する景気動向指数のうち“累積DIの一致指数”の推移を示しました。PEGレシオの効果のグラフは見やすいように軸のメモリを変えましたが、図1と同じグラフです。注目すべき点は、PEGレシオの効果と景気動向指数の動きが連動していることです。景気拡大期にはPERがある程度まで高まっても、企業の成長率が高ければPEGレシオから評価した割安株として銘柄選択効果が高まります。一方で、景気後退期には企業の成長率予想の確信度が揺らぎ、PEGレシオの投資指標としての信頼度が低下してしまうのかもしれません。次号では、伝統的手法のグレアムモデルにより、PERを成長率で調整した指標の銘柄選択効果を高めていく方法を紹介します。
吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』
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