吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』

No.40
アセットグロース・アノマリー戦略の効果

2022年11月11日号

投資工学開発部
吉野 貴晶

金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。

  • 株主価値最大化が経営で意識されるなか、アセットグロース・アノマリーを検証する。
  • アセットグロース(トレンドからの乖離)戦略が効果的。

企業の成長を測る尺度といえば、従業員の増加、売上げの伸びや時価総額の変化など様々なものがあります。そのうちの1つが“総資産の伸び”です。企業が事業活動を拡大していくために、製造業なら工場を増やしたり、設備投資などを行っていくわけですが、財務諸表上では有形固定資産という区分が増えて総資産が増えていきます。一方、近年は株主還元や株主価値最大化が企業経営におけるキーワードとなってきました。企業経営者や投資家の間で、企業はROE(株主資本利益率)やROA(総資本利益率)などの資本利益率を高める経営を目指す必要があると明確に意識されるようになりました。企業が稼いだお金は“ROAを高められる”生産能力の拡大や新規事業のみに投資すべきということです。それ以外の企業が稼いだ利益は、現金・預金として保有せずに、配当や自社株買いとして株主に還元すべきとされています。企業が設備投資を行って生産量を増やすと、市況が下がり、価格が下落して、見込みほどの売上げが獲得できず利益率も低下するケースが少なくありません。また、事業活動に活かされない保有現金の増加による総資産の伸びは、資本利益率の低下と関係が深いとも見られています。株式市場では「総資産の伸び⇒資本効率低下の可能性⇒将来のリターン下落」の傾向を”アセットグロース・アノマリー“と呼んでいます。アセットグロース・アノマリーの検証の詳細は、日本ファイナンス学会誌・現代ファイナンス32巻(2012年)の「我が国のAsset Growthと株式リターン」(吉野貴晶の共著論文)で取り上げています。この検証結果によると、総資産の伸びが大きいと翌年度のリターンが低くなる関係が統計的に有意であることが示されました。

今号では、論文公開から10年が経過した現在でも、アセットグロース・アノマリーの効果が見られるのかどうかを検証します。まず、アセットグロースの算出方法を確認しましょう。直近の実績年度の本決算における総資産の前年度からの変化率を求めます。(図1の青矢印)この変化率が小さい(マイナスに大きい値を含めて)ほど魅力的と評価します。

図1.アセットグロース・ファクターのイメージ

アセットグロース=(前年度末総資産-前々年度末総資産)÷前々年度末総資産

アセットグロース・ファクター:
前年度末の総資産が前々年度末と比べてどれだけ減少したか?
→変化率が小さい(マイナスに大きい)ほど魅力的
アセットグロース(トレンドから乖離)ファクター:
前年度末の総資産の変化率が、その前までの過去3年間の平均変化率と比べてどれだけ減少したか?
→変化率が小さくなる(マイナスに大きくなる)ほど魅力的

出所:ニッセイアセットマネジメント作成

ここでは2022年9月までの過去10年間の検証を行います。2012年9月末から、毎月末にユニバースであるTOPIX(東証株価指数)構成銘柄の中から、アセットグロースが魅力的な銘柄(マイナスに大きい値を含めてアセットグロースの値が小さい銘柄)の上位20%までを抽出します。こうして選んだ銘柄に等金額投資したポートフォリオの翌月のリターンを求め、ユニバース全体に等金額投資した場合のリターンを引いて超過部分を計算します。超過リターンを計算する理由は、ユニバース全体の平均的なリターンと比べて、アセットグロースが魅力的な銘柄のリターンがどの程度上回っているかを見るためです。検証期間のエンドとなる2022年9月まで、2012年以降の超過リターンを毎月累積した推移を観察していきます。分析結果を図2に示しています。

累積超過リターンの値が右肩上がりになっていれば有効性が高いと言えます。アセットグロース戦略は10年前の起点と比べると累積超過リターンがプラスとなっていることから、一定の銘柄選択効果が確認できます。しかしながら、グラフの変動は大きく、低PBR戦略(同様のルールでPBRの下位20%までに該当する銘柄への等金額投資)とほとんど変わらない効果となっています。最も安定した効果を示したのは、アセットグロース(トレンドからの乖離)戦略です。この戦略は、銘柄選択の際に、過去3年間の総資産の平均変化率に対して、足元の変化率が小さいほど魅力的と評価するものです。

図2:アセットグロース戦略の累積超過リターン

  • ・分析期間は2012年10月から2022年9月までの10年間。TOPIX構成銘柄を対象。
  • ・PBR戦略に用いる自己資本とアセットグロース戦略に用いる総資産は、毎月末時点での前年度までの実績値により算出。PBR戦略に用いる株価は毎月末時点。
  • ・各戦略は、毎月末時点で対象銘柄のそれぞれの指標を計算し、指標の魅力的な順に上位20%までの銘柄に等金額投資した場合のリターンから、同月のユニバース全体に等金額投資した場合のリターンを引いた超過分を求め、2012年9月から累積。指標の魅力的な順とは、アセットグロース、PBRともに値が小さい順。
  • 出所:東京証券取引所と東洋経済新報社のデータを基に、ニッセイアセットマネジメント作成

アセットグロース(トレンドからの乖離)戦略の背景は、過去の平均的な資産の増大ペースを上回って資産を増やしている企業は、過剰な資産増大の可能性があるというものです。一方で、平均的なペースで資産を増大させていても、直前年度で増大ペースを鈍化させると、その分、資産をスリム化して株主還元などへの姿勢が強まった可能性があります。この戦略のリターンは安定して上昇しており、有効な銘柄選択の方法として考えらえます。

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