吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』
No.37
四半期営業利益の前年比ファクターの効果
2022年09月26日号
投資工学開発部
吉野 貴晶
金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。
- ローゼンバーグ方式による四半期営業利益の前年比ファクターの算出を行う。
- 今年は四半期営業利益の前年比ファクターが3年前比ファクターの効果を上回るトレンド。
米国金利の動きに左右されて、株式の銘柄選択をする際に用いる投資指標の有効性も変動しています。インフレ懸念が高まり金利が上昇する場面では、PBRやPERなどバリュー(割安)指標で選んだ銘柄のパフォーマンスが良くなります。一方で、世界的な景気減速懸念が強まり金利が低下する場面では、昨年から売り込まれていた高ROEのグロース(成長)銘柄のリバウンドが大きく見られます。このように投資指標の効果が安定しない状況のなか、“四半期営業利益の前年比ファクター”は安定した銘柄選択効果を発揮しています。今回は同ファクターについて取り上げます。まずは、ファクターの算出方法から確認しましょう。図1では2022年7月末に計算するケースを例に挙げます。3月期本決算企業として、7月中に既に第1四半期の決算発表が終わっているものとします。
2022年度の会計年度のスタートは4月で、6月までの3カ月が第1四半期です。決算発表が7月中に行われていれば、7月末時点では2022年度第1四半期の営業利益を計算に利用することができます。前年度にあたる2021年度第1四半期の営業利益からの伸び率が前年比ファクターです。伸び率は次の式で求めることが一般的です。
(2022年度第1四半期営業利益-2021年度第1四半期営業利益)÷2021年度第1四半期営業利益
この式は、私たちが伸び率(変化率)を求める際によく使われます。分子は2022年度の利益が2021年度に比べてどのくらい増加(減少)があり、それが分母の2021年度の利益から見てどの程度の大きさとなるのかを割合で表すものです。しかし、この式には欠点があります。 2021年度に赤字だった企業が2022年度に黒字に転じた場合を考えてみましょう。分母の2021年度の利益がマイナスであるため、分子の2022年度の利益が黒転して利益が回復したにもかかわらず、前年比がマイナスになってしまいます。そこで実務では次の式を使います。この式はローゼンバーグ方式と呼ばれています。分母の利益がマイナスであった場合でも、絶対値に直して2021年度と2022年度の利益の平均をとるため分母がプラスとなり、前年比はマイナスとなりません。前年比は最大値の200%となります。本レポートの分析ではローゼンバーグ方式を使った四半期営業利益の前年比ファクターを用います。
(2022年度第1四半期営業利益ー2021年度第1四半期営業利益)÷(2022年度第1四半期営業利益の絶対値と2021年度第1四半期営業利益の絶対値の平均値)
実際に四半期営業利益の前年比ファクターの投資尺度としての効果を見てみましょう。具体的な検証方法は次の通りです。まずは、2009年末から、毎月末にTOPIX(東証株価指数)構成銘柄(除く金融業)の中から、四半期営業利益の前年比ファクターが高い上位20%までの銘柄を抽出します(約400銘柄)。こうして選んだ銘柄に等金額投資したポートフォリオ(“四半期営業利益 前年比戦略”と呼びます。)の翌月のリターンを求め、分析対象とした銘柄全体に等金額投資した場合のリターンを引いて超過部分を計算します。超過リターンを計算する理由は、対象銘柄全体の平均的なリターンと比べて、四半期営業利益 前年比戦略のリターンがどの程度上回っているかを見るためです。検証期間のエンドとなる2022年7月まで、2010年以降の超過リターンを毎月累積した推移を観察していきます。図2の結果から四半期営業利益 前年比戦略の累積超過リターンの値が右肩上がりとなっていることは、当ファクターの銘柄選択効果の有効性が高いことを示しています。
ところで、政府がコロナ対策で最初に緊急事態宣言を出したのは2020年4月です。以後、経済活動はコロナ禍による深刻な影響を受けました。昨年頃から、ようやくコロナ禍からの経済回復のトレンドが見られています。このような環境の下で前年比を計算すると、多くの銘柄で高い数値となりますが、コロナ禍の特殊な経済環境を考えると、コロナ禍前に遡った利益と比較する方が企業の成長トレンドを正確に捉えることができるという見方もあります。そこで、前年の四半期営業利益の代わりに3年前の同じ四半期の営業利益を用いてファクターを計算し、同様に銘柄を選別して投資を実施しました。これが、“四半期営業利益 3年前比戦略”です。分析の結果、シンプルに前年比を用いた戦略の方がパフォーマンスが大きく上回っていることが分かります。
さらに、長期的な傾向のグラフでは足元の傾向が把握しにくいため、図3では、2021年6月以降の2つの戦略の累積パフォ―マンスを見てみました。短期的な傾向では、2022年に入ってからは四半期営業利益 前年比戦略が上回っていますが、昨年の後半にかけては四半期営業利益 3年前比戦略が前年比戦略を上回っており、有効性が高かった戦略であることが分かります。
結果をまとめると、昨年後半のコロナ禍からの経済回復の初期の段階では、コロナ禍前の業績との比較となる3年前比戦略が効果的でした。しかし、足元のように回復が順調に期待される場面では、シンプルな前年比戦略が効果を享受できるようです。
吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』
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