アナリストの眼

石油化学業界で進む業界再編の動き

掲載日:2024年09月19日

アナリスト

投資調査室 坪井 暁

国内化学業界において、石油化学事業の業績が低迷しています。
総合化学大手4社(旭化成、住友化学、三井化学、三菱ケミカル)の2023年度の石油化学事業の業績は、全社で赤字となりました。主な原因は、石油化学事業の基礎原料であるエチレンを生産するエチレンプラントの稼働が低迷していることです。

エチレンは、主に原油から得られるナフサを熱分解して生産されます。ナフサから生産されるものには、他にもプロピレンやブタジエン、ベンゼンなどがあり、それらは加工工程を経て様々な製品の生産に使用されます。最終用途は食品や医薬品、衣服、自動車、住宅など多岐に渡っており、私たちの生活に必要不可欠なものです。

石油化学工業協会によると、国内エチレン設備の稼働率は2022年5月に90%を割り込み、2022年8月から直近の2024年7月まで、24ヶ月連続で90%を下回っています。この間の平均稼働率は81.3%であり、好不況の目安と言われる90%をこれだけの長期間下回るのは、2011年11月から2013年11月(2012年7月を除く)以来の危機的な状況です。

このような稼働率低下の背景にあるのは、中国企業の能力増強です。
中国では、エチレンの国内自給率を高める目的で、2020年以降エチレン設備の増強が相次ぎ、生産能力が大幅に拡大しました。一方で国内景気の低迷もあり需要が伸びず、余剰となったエチレンがアジア市場に流出し、需給バランスの悪化や設備稼働率低下をもたらす結果となりました。今後の設備増強ペースは緩やかになる見通しですが、需給バランスの急速な改善を見込むことは難しく、供給面での抜本的な対策が求められます。

日本の化学業界は、特定の分野に強みを持つ企業が多く、各企業が独自の研究開発力や生産技術を生かして発展を遂げてきました。特に電子材料は日本企業のシェアが高く、日本の化学業界の強みだと言えます。それに対し、エチレンは資本集約的な汎用製品であり、設備の大きさや新しさが競争力の要因となるため、日本のエチレン設備は中国の最新設備に対し競争力が低いと考えざるをえません。現在、日本にはエチレンプラントが12基あり、年間生産能力は650万トン程度と見られています。稼働率が80%程度にとどまっているということは、能力の20%に相当する130万トン(エチレンプラント2~3基分)の設備が過剰と試算されるため、過剰設備の削減が必要です。

2024年に入り、石油化学業界では、事業の構造改革や業界再編に向けた具体的な取り組みが活発化してきました。
2024年3月には、三井化学と出光興産が千葉地区においてエチレン設備集約による生産最適化の検討を開始し、2027年度に出光興産の設備を停止し三井化学の設備に集約する方針が打ち出されました。また、旭化成、三井化学、三菱ケミカルグループの3社は、西日本に各社が保有するエチレン設備の脱炭素に向け、具体的な方策並びに将来の最適生産体制の検討を進める方針です(2024年5月発表)。その他にも、レゾナックは石油化学事業を切り離し、将来的な上場を目指す方針を発表しましたが、他社との連携も選択肢であると表明しています(2024年2月発表)。

石油化学業界では、各社が資本効率改善に取り組んでおり、業界再編は資本効率改善の動きとリンクしています。石油化学事業の資本効率は他事業と比べて低いことが多く、エチレン設備の削減による資本効率改善は全社の資本効率改善を通じて企業価値の向上につながります。各社の資本効率改善に対する取り組みは、机上での検討段階からいよいよ実行段階に入ったと評価しており、今後は各社の経営陣の執行力に注目しています。

業界再編を完遂するためには、エチレン設備を保有する企業だけではなく、川下企業や地域住民、株主など、様々なステークホルダーの理解と協力が必要です。経済安全保障の観点からも重要であり、経済産業省を始めとした国の支援にも期待したいと思います。2024年度中に各ステークホルダーとの協議が行われ、大まかな方向性が示されると予想しています。

また、経営陣との議論の中では、石油化学事業を継続するにあたっての課題として、2050年のカーボンニュートラルに向けたコスト負担の重さや、コストを製品価格に転嫁することの難しさが強調されることが多いです。このコストを適切に転嫁し、石油化学事業を持続可能なものとするためには、私たち消費者が「カーボンニュートラルのコスト負担を受け入れる」という意識を持ち、行動に移すことが必要だと思っています。

経済のインフラを支える素材企業の場合は、製品自給率やBCPといった視点や、バリューチェーンの観点などの兼ね合いもあり、必ずしも個社の経済合理性だけでは割り切れないような経営判断が必要なケースがあります。エチレンはその代表格の一つであり、私たちの生活に必要不可欠なものです。ただ、必需品であることを理由に、事業継続性を維持できないレベルの採算状況を放置することは、今の企業には難しい状況です。

これまでの日本における業界再編というのは、対象企業お互いが生き残りの道も探してタッグを組むものの、再編の実行段階に入ると諸所の対処に時間を要している印象が強いです。再編後の事業採算性を早期に改善させるためにも、マネジメントの決断力が一層求められるでしょう。

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