アナリストの眼

消費者のインフレ疲れに直面する海外企業

掲載日:2024年08月26日

アナリスト

投資調査室 柴﨑 正人

日本銀行は今年3月にマイナス金利を解除し、7月には追加の利上げを行いました。2%の物価安定目標の達成が視野に入ってきたことが背景にあります。日々の生活のなかでも、様々なモノやサービスの値段が上がっていることを実感することが多くなりました。物価上昇(インフレ)を受けて、日々の消費行動が少しずつ変わってきている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

海外に目を向けると、米国はコロナ禍に急激なインフレに見舞われました。中央銀行の利上げ等により、足元で落ち着きを見せ始めていますが、依然として高いインフレが続いています。こうしたなかでも、米国では、良好な雇用環境や住宅・株式等の資産価格の上昇等を背景に、個人消費は底堅く推移してきました。しかしながら、ここへきて高金利やコロナ禍以降の累積的な物価上昇が家計消費に重くのしかかり始めており、企業の値上げに対する家計の不満や消費行動の変化が、一部の企業にとって逆風になりつつあります。

一例として、米国の外食企業を取りあげたいと思います。外食チェーンを運営する企業の多くは、他の業界と同様、原材料費や人件費の高騰によるコスト増加を、値上げを通じて消費者に一定程度転嫁してきました。教科書通りには、価格が上がれば数量(ここでは来店する顧客の数や顧客あたりの注文数)は減少するものですが、値上げが続く中でも客足は順調に伸び続け、外食企業は総じて利益率の改善を伴いつつ業績を拡大してきました。ところが、今年の春先から、一部のファストフードやカフェのチェーン大手において、数量の伸びが前年同期比で減少に転じ始めています。こうした一部のファストフードは、値段が高すぎることから、どうせ高いお金を払うのであれば、もう少し値段の高いレストランで食事をしようと判断する消費者や、外食から自炊に切り替える消費者が増加していることが指摘されています。ある大手ファストフードチェーンについては、「平均的なインフレ率を上回る過剰な値上げをしている」等といった非難がSNS上に溢れかえっており、企業側はこうした批判を「事実とは異なる」として反論していますが、積もりに積もった消費者の不満が噴出しているように見受けられます。

想定外に客足が遠のき始めたファストフードやカフェのチェーン大手の対応は早く、期間限定で「5ドルセット」の提供を開始して、実質的な値引きにより、顧客をなんとか引き戻そうとしています。安易な値下げは企業の収益性を棄損しかねませんが、急速な顧客離れに現場や経営陣が強い危機感を抱いていることがうかがえます。一旦離れてしまった顧客を呼び戻すためには、製品・サービスの品質の向上やマーケティングの強化等、場合によっては多額の不確実性を伴う投資が必要になります。短期的に痛みを伴ってでも、自社のサービスを日常的に利用してくれる顧客を囲い込むべきとの判断が背景にあるものと推察されます。

以上は外食産業の事例ですが、海外企業の業績を追っていると、消費者のインフレ疲れが様々なところで散見されます。例えば、とあるスポーツブランド大手では、コロナ禍でのアスレジャーブームに乗って大幅な値上げを実施した結果、あまりにも価格が高いために足元で商品の売れ行きが悪化しているといったケースも見られます。

こうしたいくつかの事例からアナリストとして得られる教訓は、企業・業界の分析において値上げに伴うリスクを軽視してはいけないということかと思います。どの企業に投資するかを考えるにあたり、企業の持つプライシングパワー(価格決定力)を重視する投資家は多いのではないかと思います。特に供給制約や労働力不足によるコストプレッシャーが高まったコロナ禍以降、優れた製品・ブランド力等を背景に、値上げを通じて収益性を維持・拡大できる企業に対する株式市場からの評価は一段と高まった感があります。ただし、単に「値上げをしてきた」あるいは「値上げをしている」という事実を手放しで評価するばかりでなく、値上げが招きうる消費者の反応や競合企業の出方に思考を巡らせることも忘れてはいけません。消費者からすれば極めてあたりまえの動作ではありますが、足元の経済情勢や家計を取り巻く環境も踏まえたうえで、「常識的に考えて機能・サービスに見合う価格なのか」、「代替品(上記の外食産業の例における自炊)と比べてアグレッシブな価格設定になっていないか」といった、一歩引いた視点で冷静に企業の値上げ行動を評価しなければ、思わぬ落とし穴にはまる可能性があると感じています。

堅調だった雇用環境にも陰りが見え始める等、米国の個人消費は先行き不透明感が高まっています。消費者が今後どのような消費行動を見せるのか、企業はどのような対応を見せるのか、丁寧にフォローするなかで投資機会を探っていきたいと思います。

アナリストの眼一覧へ

「アナリストの眼」ご利用にあたっての留意点

当資料は、市場環境に関する情報の提供を目的として、ニッセイアセットマネジメントが作成したものであり、特定の有価証券等の勧誘を目的とするものではありません。

【当資料に関する留意点】

  • 当資料は、信頼できると考えられる情報に基づいて作成しておりますが、情報の正確性、完全性を保証するものではありません。
  • 当資料のグラフ・数値等はあくまでも過去の実績であり、将来の投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。また税金・手数料等を考慮しておりませんので、実質的な投資成果を示すものではありません。
  • 当資料のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。
  • 手数料や報酬等の種類ごとの金額及びその合計額については、具体的な商品を勧誘するものではないので、表示することができません。
  • 投資する有価証券の価格の変動等により損失を生じるおそれがあります。