アナリストの眼

日本の小売企業はバランスシートに課題あり

掲載日:2024年01月15日

アナリスト

投資調査室 宮田 大督

1月1日に発生した能登半島地震で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。被災地域の一日も早い復興をお祈りいたします。

2023年は東証の働きかけをきっかけに、PBR(株価純資産倍率)1倍割れ企業を中心に資本コストや株価の改善策を開示する動きが起きた。振り返ってみると、トップダウンでの企業価値向上を進める動きは2014年8月に経産省が公表した伊藤レポートに遡る。2024年は伊藤レポートの公表から10年の節目となる。筆者の担当する小売りセクターを中心に企業価値向上の課題を考察したい。

2014年の伊藤レポートの公表時、日本企業のROE(自己資本利益率)が低い背景は総資産回転率や財務レバレッジというより、低い売上高純利益率(つまり収益性)に課題があるとされた。具体的には競争力の源泉となる差別化や、事業ポートフォリオの最適化、イノベーションへの対応が遅れているとの指摘があった。足元はどうなっているかを、日本と米国で全産業(除く金融)と小売業に分けて比較していく。

  • ROE(自己資本利益率)= 売上高純利益率(当期純利益 / 売上高)× 総資産回転率(売上高 / 総資産)× 財務レバレッジ(総資産 / 株主資本)

日本と米国のROE、売上高純利益率、総資産回転率、財務レバレッジ、総還元性向、現金比率(現金同等物 / 総資産)を過去10年で比較してみると以下の通りとなる。

  • ・米国はS&P500構成銘柄(金融除き)、日本はTOPIX構成銘柄(金融除き)、米国(小売)はS&P Retail Select Industry Index構成銘柄、日本(小売)はTOPIX小売業指数構成銘柄を使用。
  • ・23年9月末時点の本決算データを集計・合算した。決算期変更の企業等は除いている。
  • 出所:Bloombergからニッセイアセット作成

確かに日本企業のROEが低い背景は売上高純利益率にあり、その差は依然として大きいように見える。また、財務レバレッジについては差が開いてきているが、総還元性向は日本も改善傾向にあるようだ。しかし、まだ日本企業のROE向上の取り組みは道半ばといえるだろう(TOPIXは約2000企業、S&P500は500企業と、銘柄数の違いから日本企業には低収益企業が多く含まれている側面もある)。

次に小売業でも比較していくと以下の通りとなる。

日本と米国では売上高純利益率の差は小さい。一方、総資産回転率に大きな差があることがわかる。また、10年前には大きな違いがなかった財務レバレッジの差も拡大している。日本の総資産回転率や財務レバレッジが改善しない背景には、低い総還元性向や現金の積み上がりがある。米国の小売業はコロナ禍を除いて現金比率は一定だが、日本の小売業は現金が積み上がり、その結果として資本効率が悪化している。つまり日本の小売業については、P/L(利益率)ではなくB/S(資本効率)に課題がある。

日本と米国の小売業についてもう少し深掘りをしていく。売上高純利益率は日本企業も米国企業に近い水準となっている背景には、日本はファーストリテイリングや良品計画といったSPA(製造小売業)企業が比較的多いため利益率を引き上げていたり、米国は利益率が低いAmazonが全体を押し下げていたりすること等が挙げられる。また、一般的な小売業の店舗を構えてモノを仕入れて(あるいは作って)売るビジネスモデルでは利益率に大きな差がつきにくいのかもしれない。とはいえ、日本の小売業の利益を生み出すための企業努力は、米国に引けを取っておらず敬意を表したい。

一方で、バランスシートの使い方でこれだけROEに大きな差が出ているのが現状である(ビジネスモデルやサブセクター構成の差、会計制度の違いから総資産回転率や財務レバレッジに差が生まれている側面もある)。米国の小売業の総還元性向が100%程度の水準になっているのは、マネジメント層が自社株買いをすることによってTSR(Total Shareholder Return)やEPS成長率を高めてボーナスを得る短期的なインセンティブが働いていることを鑑みると過剰な面も否めないが、日本の小売業は還元の余地も依然として大きいだろう。また店舗の投資効率や在庫回転等、本稿では考察しないが他にも様々な要因でも差がついている可能性がある。

以上の考察をまとめると、「日本の小売業は利益率ではなくバランスシートに課題あり」が筆者からのメッセージとなる。小売企業との対話においては、バランスシート改善も念頭に置いた議論を深めていきたい。

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