アナリストの眼

創薬承認の次の波はくるのか

掲載日:2023年02月20日

アナリスト

投資調査室 八並 純子

私が担当する医薬品業界を調査する上で、新たな創薬に関する情報は投資判断に大きな影響を与える重要な要素です。創薬ビジネスは、消費者の健康を高めるという観点で重要性の高いESG要因であることから、最新動向の把握に目を配っています。
2022年の米国FDA(アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration))の新薬承認数は37でした。2013年以降の毎年の承認数の平均43、20年の53、21年の50から比較すると少なくなりました。2020年のCovid19の拡大以降、多くの製薬企業はCovid19のワクチンや治療薬の開発に注力してきましたし、感染拡大により治験が中断したり遅れるといったこともありました。2016年の22など、過去20程度の年もありましたので、極端に少ないわけではありません。

新たに承認される薬剤にはどのような傾向があるのでしょうか?
今回承認された37の薬剤のうち約半分の20は「First-in-class」(画期性医薬品)という、これまでになかった化学構造や治療コンセプトを持つような薬剤でした。そのなかには2型糖尿病治療薬、自己免疫疾患の一つである尋常性乾癬治療薬や放射線で前立腺癌を治療する薬剤など大型化が期待されている薬剤も含まれています。また、37のうち約半分の20は米国の患者数が20万人以下である「希少疾患」を対象とした薬剤でした。卵巣がんや血液がんといった患者数の少ないがんを対象にした薬剤や筋萎縮性側索硬化症(ALS)のような重篤な中枢疾患などが含まれます。近年希少疾患に対する薬剤の承認が全体の承認に占める割合は増加しており、2013年以降の平均では約47%となっています。ちなみに、日本企業関連は、参天製薬の緑内障治療薬、大鵬薬品工業の肝内胆管がん治療薬など4薬剤でした。

2012年から2022年の10年でTOPIX医薬品指数は147%上昇しました。その間のTOPIXの上昇率は120%でしたから、27%アウトパフォームしたことになります。これには、日本の医薬品企業が治療を大きく変え、グローバルで売れるような製品の開発、上市に成功し、利益水準が上昇したことがあります。2012年の前立腺癌治療薬「イクスタンジ」や2013年のエイズ治療薬「ドルテグラビル」、2014年には4番目のがん治療方法といわれる免疫療法治療薬オプジーボや炎症性腸疾患の「エンティビオ」、2018年の血友病治療薬「ヘムライブラ」、2019年の乳がん治療薬「エンハーツ」などで、グローバルで1000億円以上の売上になるような大型製品となっています。この間、肺高血圧症治療薬やディシェンヌ型筋ジストロフィー治療薬、くる病治療薬などの希少疾患治療薬の開発にも、日本企業は成功しています。このような薬剤の将来の売上成長に対する期待が高まる局面で、TOPIX医薬品指数は何度かTOPIXをアウトパフォームし、長期的にこれらの企業の時価総額も増加しました。

イノベーションを継続的に生みだすために何が必要か?

長年医薬品業界を担当していますが、常にこの問題を考えています。イノベーションを起こすのは人間の力であり、一つの医薬品が誕生するまでには、長い時間と多くの人の労力が必要です。先に挙げた薬剤は有効性と安全性の最適な製剤を見つける過程や商業生産などの課題を乗り越え、臨床試験できちんと結果を出して上市までたどり着きました。 一つ一つの薬剤に様々な困難を乗り越えてきたエピソードがあります。研究員の方が様々なことに挑戦できる組織風土、多様性が生み出す新たな発見、お互いの専門性を掛け合わせるチーム力、研究者や創薬部門に対する経営者の理解など、様々な要素が重なって、新しい創薬につながりました。更に近年では低分子だけでなく、複雑な構造を持つタンパク質製剤や核酸医薬などの新しい構造を持つ薬剤が開発されており、商業用の生産体制をいかにして構築するといった点も大きな課題の一つとなっています。日本の医薬品企業は製造についてのノウハウも多く持っておりこれらも競争優位性の一つとなっています。

2023年は日本企業関連の新薬ニュースとしては、アルツハイマー型認知症治療薬レカネマブの承認があり、スタートダッシュは順調です。その他、2023年に承認可否がわかる薬剤、申請用の臨床試験データが出てくる薬剤などもありますし、各社のパイプラインには、初期段階のものですが、今までにない新しい技術を用いて、開発困難とされていたターゲットを狙う薬剤や新規のメカニズムに挑戦するもの、細胞治療や遺伝子治療などの新しいアプローチ方法など、多くの魅力的な製品があります。医薬品主要企業のバリュエーションはEV/EBITDA(M&Aの際に利用される割安性を見る指標)の平均でみると、2010年以降TOPIX平均を上回る水準が継続し、今後も高い利益成長が継続すると期待されています。製薬企業は、特許が切れて大きく利益水準が下がる、開発失敗や副作用などにより新製品の上市ができなくなる、或いは想定より少ない患者対象になるなどの予期せぬリスクがありますが、一方で、新薬の開発に成功することで飛躍する可能性もあります。今後も市場の期待を維持し、長期でTOPIXを上回る時価総額成長を実現できるのか、各社の開発製品の競争優位性や企業のイノベーションを生み出す力を重視した調査を続け、日本の製薬企業が画期的な薬剤をグローバルで上市する次の大きな波を期待したいと思います。

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