アナリストの眼

コストは誰が負担するのか
~カーボンニュートラルのために、私たちができること~

掲載日:2022年12月12日

アナリスト

投資調査室 坪井 暁

値上げの動きが続いています。

総務省が発表している消費者物価指数(2022年10月分)は、前年比3.7%の上昇となりました。費目別では、食料、光熱・水道、家具・家事用品、交通・通信など、幅広い分野で上昇しています。スーパーに買い物に出かけたり、公共料金の請求書を見たりして、値上がりを実感している方も多いのではないでしょうか。これは、原材料や燃料、物流運賃の上昇や為替円安によるコスト高が製品価格に転嫁されていることが背景であり、モノやサービスを提供する企業からすれば自然な動きと言えるでしょう。

製造業の川上にあたる化学業界でも、同様に原材料や燃料価格上昇を転嫁する形での製品値上げが相次いでいます。2022年度上期までは、多くの化学企業で原材料や燃料価格の上昇に製品値上げが追いつかず、減益要因となっていましたが、下期は製品値上げが原材料や燃料価格上昇をカバーし、増益となる見通しを示す企業も増えてきました。従来は値上げが受け入れられなかった製品でも、顧客の理解が進み、徐々に浸透しているようです。

このように、製造業のコストは原材料や燃料が中心なのですが、それとは別に、今後避けては通れないコストがあります。それは、「カーボンニュートラルのコスト」です。

日本政府は2020年10月に「2050年カーボンニュートラル宣言」を発表し、2050年までに脱炭素社会を実現し、温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目標に定めました。その流れに従い、化学業界でも2050年カーボンニュートラルを宣言し、2030年までのGHG(温室効果ガス)排出量削減目標を発表する企業が増えてきました。各企業は目標達成に向け、省エネや再生可能エネルギーの導入、自家発電の燃料転換(LNGやバイオマス燃料などの使用)、生産設備変更などの施策を実行する方針を打ち出しています。

ここで問題になるのがコストです。一般的に、製造業の生産プロセスは「最も低コストで」生産できるように構築されています。再生エネルギーやバイオマス燃料を導入すると、現在使用している燃料(原油や石炭等)に比べ追加コストが発生しますし、設備変更にもコストがかかります。2030年までのGHG削減費用として、数百億円から一千億円超を見込む企業も少なくありません。

それでは、このコストは一体誰が負担するのでしょうか?

最初に申し上げたように、原材料や燃料価格の上昇分は、製品価格に転嫁するのが基本です。ところが、化学企業にヒアリングすると、「カーボンニュートラルのコスト」を価格に転嫁することは、顧客の理解が得られないため難しい、という答えが返ってきます。この場合の顧客とは、化学製品を用いて中間製品や最終製品を生産する企業のことですが、それらの製品は最終的に私たち消費者に販売されます。なぜ、「カーボンニュートラルのコスト」は製品価格に転嫁できないのでしょうか。

ここで、消費者の意識に関する調査結果を見てみましょう。

ニッセイ基礎研究所の「サステナビリティに関する意識と消費行動」(2022年5月31日)によると、日常生活の中で、「買い物のときはエコバッグを持参するようにしている」と回答した消費者は77.2%の水準に達し、「リサイクル可能なゴミを分別して出している」は57.1%、「洗剤やシャンプーなどは詰め替え製品を買うようにしている」は52.4%でした。一方で、「価格が多少高くても、環境や社会問題に取り組む企業の製品を買う」と回答した消費者は4.6%、「価格が安くても、地球環境や社会に悪影響のある製品は買わない」は8.0%にとどまりました。

この調査結果から分かることは、消費者の中で環境に対する意識は高まりつつあるものの、実際に消費行動に移されるのは追加的な経済的負担が発生しない範囲であり、価格に対する許容度は低いということです。「カーボンニュートラルのコスト」が製品価格に転嫁できない原因は、私たち消費者の側にあると言えるでしょう。

企業が長期的に持続するためには利益を生まなければならないのと同じように、カーボンニュートラルの取り組みも、コストを適切に転嫁することで利益を生まなければ持続可能ではありません。カーボンニュートラルを実現させるための一番のカギは、私たち消費者が「カーボンニュートラルのコスト負担を受け入れる」という意識を持ち、行動に移すことなのではないでしょうか。私たちが消費行動を変えることで、カーボンニュートラルという困難な課題解決に取り組み始めた日本の化学企業を後押しし、企業はさらなるイノベーションを創出することで企業価値が向上する、という好循環が生み出されることを願っています。

私は投資家の一員として、企業との対話の中で、環境や社会に関する課題解決を通じた企業価値向上を促しています。今後は自分自身の役割も自覚しながら、責任を持った対話を続けたいと思います。

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