アナリストの眼

経営戦略とスキル・マトリックスの結びつき
~企業と投資家にとって有用なツールとするには~

掲載日:2022年11月11日

アナリスト

投資調査室 伊豫田 拓也

2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コード※1(以下、CGコード)を受けて、多くの企業がスキル・マトリックスを開示しています(図表1)。企業との対話の現場においても開示が増えていると実感する機会は多く、自社のスキル・マトリックスについて運用機関として意見を求められることが増えています。

図表1:スキル・マトリックスの開示状況

  • 注:nは回答のあった上場企業の社数
  • 出所:三井住友信託銀行株式会社HP「ガバナンスサーベイ2022」等よりニッセイアセットマネジメント作成
  • 2021年のCGコード改訂時にスキル・マトリックス開示が求められるようになったこともあり、株主総会招集通知や統合報告書等での開示が増加の傾向です。投資家としては、ESG分析を行う上で企業経営の定性的な情報を知る重要な情報と考えており、企業との対話機会においても当該情報について触れることが多くなっています。

スキル・マトリックスとは、「取締役会に必要なスキルを分野ごとに表にまとめ、どの取締役がどの分野について知見や専門性を備えているかを示した表」※2のことです。ここで、「取締役会に必要なスキル」とは、CGコードにも「経営戦略に照らして自ら備えるべきスキル等」とあるように、具体的な経営戦略を推し進めるうえで、取締役会における建設的な議論のために必要なスキル・専門性を指しています。つまりスキル・マトリックス上で設定されるスキルの一つ一つは、経営戦略とリンクして説明できる必要があります。例えば、アジアでのビジネスを成長ドライバーに設定し、今後拡大を狙っている企業は、取締役会に必要なスキルとして「グローバル」を設定していても違和感はないと思います。また、DXを推進して既存のビジネスモデルを転換させようとする企業は、「IT・テクノロジー」関連に造詣が深い人物が取締役会にいた方が、外部から見ると合理的と思うでしょう。このように、スキル・マトリックスとは経営戦略がベースとなって策定される事を意図しているのだと考えています。

では、スキル・マトリックスを策定する際は、どのような順序を踏んで構築するのが良いのでしょう。実務においてスキル・マトリックスを策定する際は、一般的に以下のようなステップを踏みます。

  1. 中長期的な経営の方向性や事業戦略に基づいて、取締役会としてどのようなスキル等を備えるべきかの検討
  2. 備えるべきスキル等のそれぞれについて、それらの判定・評価の基準の設定
  3. 現在の各取締役についてどのスキル等を保持しているかの判断
  4. 取締役会として備えるべきスキル等と現在の取締役が保持しているスキル等に過不足がないかの把握と過不足がある場合の対応方法の検討
  5. スキル・マトリックスの作成・開示

出所:「2021年改訂コーポレートガバナンス・コードの実務対応」

このように本来は、(1)経営戦略をもとに必要なスキルの特定、(3)そして各取締役がそのスキルを保持しているかの判断という順番になります。しかし、私も毎年、多くの統合報告書を拝見していますが、上記の順番を遵守して、経営戦略をもとにスキルセットを設定しているというよりも、取締役が現在持っているスキル・専門性を取締役会に必要なスキルとして並べることに終始しているのでは、と感じる報告書も見受けられます。

スキル・マトリックスは企業にとって、現在の取締役会が保有するスキル(現状:As Is)と、取締役会が保有すべきスキル(理想:To Be)とのギャップを把握するツールです。また、年齢や在任期間等によって退任が見込まれる時期等と照らし合わせることで、そのスキルがいつ失われるのかといった、未来のギャップを把握するためのツールでもあります。企業はこれらのスキルのギャップを社内外に示すことで、中長期的に社内の幹部人材の育成・昇格や、外部専門家等の招聘など、より具体的な議論を行うことが可能となります。しかし、必要なスキルが特定できていない場合、有用なスキルを保有する取締役を据えることが出来ず、取締役会が知見の不足を理由に適切なリスクテイクをしなかったり、過度に取締役の人数を増やし、取締役会における活発な議論を妨げたりすることに繋がる可能性があります。したがって、経営戦略を実行するうえで優先順位が高いスキルを過不足なく特定することは重要となります。

このように、特定されたスキルが、経営戦略上どのように重要と判断されたかについては、投資家にとって、企業の経営戦略の実行力・本気度を推し量る材料の一つです。スキルと経営戦略とのリンクが整合的であれば、それだけ企業が開示する経営戦略の説得力が増します。一方で、整合的でない場合は、企業の経営戦略に対する実行力に対して疑念が生じる恐れがあります。

スキル・マトリックスは有用なツールと考えており、今後もStep by Stepで進化していくことでしょう。経営戦略とスキル・マトリックス上のスキルセットをリンクさせ、一つ一つのスキルについて設定した理由が開示されると、企業戦略において重要としている要素がより投資家に伝わると考えます。

  • CGコード補充原則4-11①「取締役会は、経営戦略に照らして自らが備えるべきスキル等を特定した上で、取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方を定め、各取締役の知識・経験・能力等を一覧化したいわゆるスキル・マトリックスをはじめ、経営環境や事業特性等に応じた適切な形で取締役の有するスキル等の組み合わせを取締役の選任に関する方針・手続と併せて開示すべきである。」とスキル・マトリックスについて触れられている。
  • 経済産業省「社外取締役の在り方に関する実務指針(社外取締役ガイドライン)」

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