アナリストの眼

柔軟さが生み出す強靭さ

掲載日:2022年03月10日

アナリスト

投資調査室 黒木 文明

今回のコラムを書いているこの瞬間においても、長期化するコロナ禍、資源エネルギーの逼迫と価格高騰、ロシアのウクライナへの侵攻、サプライチェインを狙ったサイバー攻撃など、円滑な経済活動を阻害する事象が様々生じ、先行きが見通しにくい中で各社事業継続への対応を迫られています。また、気候変動に起因する災害も多発する中、脱炭素社会への移行本格化に向けては国や企業の様々な思惑も絡んで問題は複雑化しており、アナリストの分析においても不確実性の高い環境であることを念頭に置いて取り組む必要があります。

企業経営における「レジリエンス」の重要性が改めて認識され、普段の調査活動においてもこの言葉に触れる機会が増えています。レジリエンスresilienceとは、元々は物理学用語で弾力性や反発力といった意味ですが、転じて、困難な状況を跳ね返す力・柔軟性といった意味で、個人や組織・社会にまで幅広く使われています。特に組織や社会においては、大きくは次の2つの意味で使われているようです。

  • 災害などが生じた際の耐性や復旧力(強靭さ)
  • 環境変化に対する柔軟な対応力(柔軟さ)

「強靭さ」と「柔軟さ」の両方の概念が含まれているため、ややわかりにくい面もありますが、これこそが今求められているレジリエンスの本質のように感じています。

私の担当業界の例では、情報サービス業界では、システム障害が生じた際に迅速に復旧できる体制、自然災害に対して堅牢なデータセンターなどは、レジリエンスの高いサービスとして顧客訴求力となります。また都市ガス業界では、LNGの輸入調達先や調達方法の多角化、導管の耐震化、エネファームなど分散型エネルギーの普及などで、レジリエンスなエネルギーインフラとして訴求しています。このように、想定されるリスク事象に対する強靭さは、今の製品・サービスの供給を継続するという観点で、他の業界でも強く意識されていると思われます。

一方、不確実性が高まる中でウィズコロナのような予測不能な環境の変化や、脱炭素社会への移行といった社会要請による環境変化に対しては、事前の対策によって現状を維持する強靭さだけでなく、状況を踏まえて柔軟に対応することでのレジリエンスも重要となります。例えば、火力発電の事業は、電力安定供給の社会要請にも応えつつ、設備投資の固定費回収を行うためにも、設備の高い稼働率を維持することが極めて重要でしたが、脱炭素社会ではCO₂排出を増やさない(=稼働を減らす)ことが求められますから、設備産業としては打撃的な環境変化と言えます。ただ、電力システムとしては、主力電源化する再エネの不安定さを補う仕組みが必要で、火力発電はその担い手としてスタンバイしていることの価値が重みを増してくると思われます。社会の認識や制度的な担保も必要ですが、従来の稼動率重視に固執しない柔軟な対応が、電力システムのレジリエンスを高めるように思われます。

一言で柔軟な対応と言っても、真のDXを実現させて事業構造を変えることに多くの企業が苦労しているように、過去の成功体験や現存のビジネスモデルがある中で、大局的な事業環境の変化を見極めて柔軟に対応することは、簡単にどの企業でもできることではないと思われます。こうした対応力の有無は、有価証券報告書の「事業等のリスク」の開示を見て確認できるものではなく、確固とした企業理念と変化を厭わない企業文化、経営陣の強い執行力と従業員の行動力など、多面的な非財務情報から揺らぐべきでないものと、柔軟であるべきものを見極め、総合的に判断することになります。また外部環境や社会要請の大きな変化を掴むためには多様性や受容力が必要で、ここでも強靭さだけでなく柔軟さが鍵になっていると思われます。変化が激しく不確実な環境下でも、社会の要請に敏感で勝ち抜ける企業を見抜くためには、日常のESG分析や建設的な対話が重要だと考えています。

コロナ禍長期化により、以前には想像していなかった働き方が定着しつつありますが、私たちに求められるものは変わることがありません。投資哲学はぶれることなく、足元で変化の激しい相場環境には柔軟に、リサーチ活動に努めたいと思います。

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