アナリストの眼

カーボンニュートラル社会実現に向け走り出す総合商社

掲載日:2021年11月15日

アナリスト

投資調査室 木村 嘉明

2020年10月の菅首相による「カーボンニュートラル宣言」をはじめ、国内においてCO₂排出抑制に向けた取組は加速しており、中長期でのCO₂排出削減目標を掲げるところが多く出てきています。私の担当する総合商社についても、各社2050年にCO₂排出量をネットゼロにする目標を掲げるとともに、カーボンニュートラル社会実現に向けた様々な動きが生じ始めています。2030年度までに総額2兆円の投資を表明する企業が出ていることからも、各社の熱量が窺えます。ここからは総合商社における取組みを、事業投資や事業ポートフォリオの見直しという側面から説明していきます。

事業投資の観点では、多様な領域において投資機会が生じてきます。代表的なところでは、(1)水素・アンモニアなどの発電燃料分野への投資に加え、(2)蓄電地・スマートグリッド分野、(3)太陽光・風力といった再生エネルギー分野、(4)CCS※1などのCO₂排出抑制技術への投資、などが挙げられるでしょう。

  • CCS(Carbon dioxide Capture and Storage):発電所・工場などで生じたCO₂を他の気体から分離し、地中に圧入・貯留させる技術。このうち分離したCO₂を石油掘削に活用するものをCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)という。

特にアンモニアについては、水素キャリア※2としての用途のみならず、火力発電の燃料として石炭と混合ができるという利点があります。燃料用途としては、改修は必要なものの既存の石炭火力発電設備が活用でき、他のCO₂フリーな燃料対比で発電コストが安価な点もあり、実行可能性の高いCO₂排出抑制策として注目が集まっています。商社の取組みとしては、海外でのアンモニア製造プラントの開発、製造したアンモニアの輸送・流通に向けたサプライチェーンの構築に向けた動きが生じています。これまでの資源ビジネスで培ってきたノウハウを活用しつつ、エネルギートランスフォーメーションの流れに適応していこうとする動きといえるでしょう。

  • 水素キャリア:水素の貯蔵・輸送効率を高めるために、別の水素化合物に変換し活用すること。利用時の用途に応じて、再度水素への変換が必要な場合がある。

また、蓄電池の分野においては事業パートナーと提携を通じ分散型電源のプラットフォームを構築しようという動きも出ています。消費者に近い川下の領域において、多くのパートナーを繋ぎバリューチェーンを構築するには、地道な営業活動やステークホルダー間の調整を要することが推察されます。しかし、こうした働きは商社だからこそ可能であり、構築したバリューチェーンは他社の参入を許さない強固な障壁となりうるでしょう。今後需要の拡大が見込まれる分野であり、着実な収益拡大に繋がっていく取組みと期待しています。

カーボンニュートラル社会の実現に向けては、新たな事業機会が生じる一方で課題も生じてきます。総合商社は石炭の採掘、石炭火力発電など多くのCO₂を排出する事業を有しており、CO₂排出ネットゼロの実現に向け、これら事業ポートフォリオの見直しをする必要性に迫られています。事実、保有する石炭の採掘権益を売却する企業も出ています。他方で、新興国において石炭火力発電は、依然として重要な発電源の位置付けであり、経済発展に伴い電力需要が拡大するなか、安定的な電力供給に対する重要性は高まっています。その国の発電インフラを支えるという社会的使命を持って参画した事業は、新たに生じた脱炭素という社会的な要請との間で生じるジレンマに直面することになりました。

こうした現実を踏まえ、商社各社は「自身が関わることによって生み出す付加価値は何か?」を改めて深く問い直す必要性が生じてきたと考えます。ビジネスの将来像を見定めて、「ヒト・モノ・カネを繋ぐ」ことで新たな付加価値を創造するのが商社の本質であると考えるならば、あるべき姿の実現に向けた取組みのなかで、果敢に事業機会を求める姿勢を期待したいところです。また、仮にそれに沿わない事業であるならば、売却・撤退を通じ事業ポートフォリオを変化させ、環境変化に適応する姿勢も必要に感じます。

総合商社は、時おり「不要論」を囁かれながらも、就職先の人気ランキングでは常に上位に属し優秀な人材が集う業界です。それら人材が、時代の潮流が変化するなかでもチャレンジを継続し、成功と失敗を繰り返しながらも環境変化に適応した結果、事業規模を拡大させてきました。カーボンニュートラル社会に向けた潮流も、各社の目指す取組みの方向性は妥当であり、新たな飛躍に繋がるものと期待を持って捉えています。この流れのなかで輝く企業をいち早く見出すべく日々の調査活動に励むことで、投資パフォーマンスの向上を目指して参ります。

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