アナリストの眼

化学企業の効率性は改善するか

掲載日:2020年12月11日

アナリスト

投資調査室 坪井 暁

コロナウイルスの感染が拡大し始めた春先以降、在宅勤務が続いています。自宅に居ながら仕事をするという、1年前にはおよそ考えられなかった状況が日常となっていることに驚いていますが、それ以上に最も実感しているのは、業務の効率性が改善したということです。
当然、通勤時間はありません。毎日少なくとも1時間以上を費やしてきた時間を、情報収集や資料作成、投資判断構築といったアナリスト業務に使うことができるようになりました。また、以前であれば会場への移動時間の関係で参加を諦めていた企業の説明会に、ウェブや電話会議で参加できるようになったことや、企業取材用の資料を印刷する作業がなくなったことなど、1つ1つは細かいですが積み重なると大きな変化となって表れています。
それに加え、家族と過ごす時間が増え、自由な服装で働けるため、会社よりもリラックスした状態で仕事に集中できることも業務の効率性改善に寄与していると思います。

このような個人の業務だけではなく、企業の経営に関しても、効率性は非常に重要な要素です。市場から調達した資本や負債を効率的に活用して事業を運営していくことが、上場会社に課された使命です。当社が行っている企業価値評価や投資判断において、経営の効率性は最も重視される指標の1つです。
もちろん、売上高や営業利益、営業利益率なども大事なのですが、利益率を見るだけでは、その会社の効率性は判断できません。例えばA社とB社の業績が、両社ともに売上高1億円、営業利益1000万円だったとしても、その1億円の売上を得るために使った投下資本が、A社はB社の半分だったとしたら、明らかにA社の方が効率的な経営をしていることになります。

私が担当している化学業界は、これまで効率性をそれほど重視してこなかった、というのが私の見方です。基本的には売上高や利益の絶対額を重んじる企業が多く、効率性に関して比較的意識の高い企業でも、利益率を重視するにとどまっているというのが実情でした。中期経営計画の目標にも、大幅な売上拡大計画が掲げられるケースが少なくありませんでした。
しかしここ数年、コーポレートガバナンスに対する意識が高まるにつれ、経営指標として「ROIC」(投下資本利益率:Return on Invested Capital)という効率性指標を採用する会社が増加しています。ROICは「税引後営業利益÷投下資本」で計算することができ、企業が事業活動に使用した資本からどれだけ利益を生み出すことができたか、どれだけ資本を有効活用しているかを計測する指標です。
今年7月に経済産業省より発表された「事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~」(事業再編ガイドライン)の中でも、事業ごとの資本収益性を測る指標としてROICを導入し、資本コスト(投資家が企業に期待するリターン)との比較や、競合他社との比較を行うことの重要性が述べられています。

ただ、日頃の企業取材において、ROICの改善を目指している多くの企業と対話を行っている中では、まだ浸透が不十分だったり、実効的な取り組みができていなかったりする企業が多いように感じています。
税引前ROICを分解すると、「売上高営業利益率」と、「投下資本回転率」に分解できる(注)のですが、特に後者の「投下資本回転率」の改善には、在庫の削減など細やかな対応が必要であり、そのためには経営陣だけではなく、現場で働く従業員の意識及び行動変化が必要だと思います。ROICそのもののへの理解を求めなくても、効率的に仕事を進めることの重要性を、従業員一人一人に訴えかけ、人事評価の基準に採用するなどの工夫をしながら、地道に浸透させる活動を続けることが大切だと考えており、対話先企業にも促しています。

  • 税引前ROIC=営業利益÷投下資本=(営業利益÷売上高)×(売上高÷投下資本)
    =売上高営業利益率×投下資本回転率

化学企業はこれまで、社会に対し様々な素材を提供し、社会課題を解決することで世界の発展に寄与してきました。現在のコロナ禍の環境下においても、マスクやフェイスシールド、消毒液などの化学製品は感染拡大防止に欠かせませんし、在宅勤務で使用するパソコンの部材や、テイクアウト・デリバリー用の食品容器などは、新しい生活様式に多大なる貢献をしています。
今後はそれに加えて、経営の効率性を改善することで、企業価値向上を通じて株式市場や投資家に貢献することを期待しています。私も投資家の一員として、企業価値向上の一助となるべく、対話を続けたいと思います。

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