アナリストの眼

企業の「パーパス」に対する期待と関心の高まり

掲載日:2020年10月12日

アナリスト

投資調査室 林 寿和

ここ数年、企業(あるいは組織)の「パーパス」(Purpose)という言葉をビジネスシーンで耳にすることが増えてきました。実際、日本の上場会社の間でも、例えばソニーや花王のように、自社のパーパスを掲げる企業が増えてきています。海外では、仏食品大手のダノンが定款にパーパスを追加するなどの変更を行い、「使命を果たす会社」というフランスで新しく設けられた会社形態に上場会社として初めて移行したことが話題となりました(1)

パーパスという言葉の定義はまだ確立されていないようですが、「利益追求より高次の企業の存在意義・存在理由」といった意味合いで捉えられることが多いようです。企業が掲げる「ミッション・ビジョン・バリュー」にも似ていますが同じではなく、例えばミッションが「企業として何をするのか」(What)を示すのに対し、パーパスは「企業がなぜそれを行うのか」(Why)に関するものとされています(2)

パーパスについての言及がみられる文献の数は、1994年から2015年にかけて5倍に増加しているという報告がありますが(3)、より直近でパーパスへの関心を高めるきっかけになったのは、2019年8月に米国の経営者団体であるビジネス・ラウンドテーブルが発表した「企業の目的に関する声明」(4)です。さらに、2019年12月には、世界経済フォーラムが「ダボス・マニフェスト2020:第四次産業革命における企業の普遍的な目的」(5)を発表しました。英国でも、2017年に「企業の未来」と題した研究プロジェクトを2017年に立ち上げた英国学士院(ブリティッシュ・アカデミー)が、「目的あるビジネス原則」(6)を2019年11月に発表しています。2019年の後半に相次いで発表されたこれらの声明や原則では、いずれも「purpose」という英単語が共通して表題に使用されています。

パーパスがここまで注目を集める理由は何でしょうか。

いくつかの要因が考えられますが、比較的古くからある議論として、企業のトップマネジメントが果たすべき役割の変化が挙げられます。トップマネジメントが果たすべき役割の重要性が、経営戦略の策定と進捗管理から、パーパスの確立と組織浸透へとシフトしてきているという指摘です(7)。トップマネジメントがすべての戦略を決め、「アメとムチ」(報酬と懲罰)によって部下をコントロールしようとするやり方では、経営環境の変化が加速し、不確実性や複雑性が増大している今の時代には対処できないというのがその論拠です。むしろ、パーパスの下に共感する人材が集い、各々の自律的な活動を通じて価値が共創されていく「パーパス駆動型」経営の重要性が高まっているといいます。

別の要因として、地球環境や社会経済システムの持続可能性(サステナビリティ)に貢献することが、社会の一員たる企業が果たすべき役割の一つだという考え方が、産業界のリーダーの間に広がってきていることが挙げられます。その背景には、気候変動をはじめとした地球環境問題の深刻化や顕在化、あるいは格差の拡大などによる社会の不安定化が、企業活動や収益にも実際に影響するようになってきているという背景もあるでしょう。こうした文脈におけるパーパスの場合、「利益追求より高次の存在意義」であると同時に、「社会的な存在意義」であることが意識されています(8)。事実、2019年に発表された、米ビジネス・ラウンドテーブルや世界経済フォーラム等による一連の声明では、企業が、株主の利益に加えて、ステークホルダーの利益に配慮することの重要性が強調されています。

では、パーパスを経営の主軸に据えることが企業の財務パフォーマンスにどのような効果をもたらすのでしょうか。

この点に関して、ニューヨーク大学のガーテンバーグ准教授らが2019年に『Organization Science』誌に発表した論文が、筆者の知る限り唯一の実証分析です(9)。同論文では、従業員へのアンケート調査に基づいて、組織におけるパーパスの強さを数値化して分析しています。その分析結果は、組織の構成員にとってパーパスが明瞭であること、さらに、組織の構成員の中でも中間管理職層と専門職の間にパーパスが浸透していることが、財務パフォーマンスや株価パフォーマンスに好影響を及ぼすことを示唆するものとなっています。パーパスによって従業員がモチベートされ、各々が仕事に深い意味を見出し自律的に取り組むこと、これは、従業員が単に報酬によってのみ動機付けられ、監視の目が緩めば手を抜こうとする存在であると仮定する伝統的な経済学のモデルとは真逆の発想ですが、昨今注目されている「内発的動機付け」(10)や「変革型リーダーシップ」(11)といった研究分野の成果が、パーパスによる財務パフォーマンスへの効果の可能性を支持する理論的な支柱となっています。

企業の方と話していると、SDGs(持続可能な開発目標:2015年9月国連サミットで採択)やサステナビリティへの取組みに対する社内の理解が進まず、思うように進まないという声を聞くことがあります。とはいえ、その原因が、単なる知識不足である例はそう多くはないように感じます。むしろ、多くの場合、意欲や熱意を持った人材がそもそも組織に不足していることが根本的な原因であるように思います。こうした課題に対しても、パーパスが解決の糸口になる可能性があります。パーパスを経営の主軸に本気で据えることで、それに共感する社内の人材がモチベートされるとともに、社外からも多様な人材を惹きつけることが期待されるからです。

とりわけ、足許のコロナ禍によって、社会の一員としての企業の存在意義・存在理由が改めて問い直されているように感じます。こうした中、パーパスをうまく活用できるか否かが、今後の企業のゆくえを占う重要な試金石となるのではないかと注目しています。

  1. DANONE "ENTREPRISE À MISSION"(2020年9月24日時点)
  2. Mission Versus Purpose: What's The Difference?(2020年9月24日時点)
  3. Ernst & Young, Oxford University Saïd Business School (2016) “The State of the Debate on Purpose in Business”
  4. Business Roundtable(2019)“Statement on the Purpose of a Corporation”
  5. World Economic Forum (2019) “Davos Manifesto 2020: The Universal Purpose of a Company in the Fourth Industrial Revolution”
  6. British Academy (2019) “Principles for Purposeful Business”
  7. Bartlett, C. A., & Ghoshal, S. (1994) “Changing the role of top management: Beyond strategy to purpose,” Harvard Business Review, 72(6), 79-88;Basu, S. (2017) Corporate purpose: Why it matters more than strategy, Taylor & Francis, London;Rey, C., Bastons, M., & Sotok, P. (2019) Purpose-driven Organizations: Management Ideas for a Better World, Palgrave Macmillan: London.
  8. 専門家によってはパーパスを社会的なものとして定義している。一例としてThakor, A. V. & Quinn, R. E. (2019) “Higher purpose, incentives and economic performance”
  9. Gartenberg, C., Prat, A., & Serafeim, G. (2019) “Corporate purpose and financial performance,” Organization Science, 30(1), 1-18.
  10. 「内発的動機付け」とは、好奇心や関心によってもたらされる動機付けのことであり、報酬や懲罰といった外的報酬によって動機付けられる「外発的動機付け」と区別される。
  11. 英語では「Transformational Leadership」と表記される。内発的動機に働きかけることによってフォロワーの行動を促すようなリーダーシップのことを指す。

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