アナリストの眼

インバウンド消費が向かう先

掲載日:2020年02月17日

アナリスト

投資調査室 宝田 晋介

年々増加する訪日外国人観光客による消費、いわゆるインバウンド消費は日本経済に大きな恩恵をもたらしています。2019年のインバウンド消費額は約4兆8千億円※1で、前年比+6%増加しました。インバウンド消費の4割弱を占めるのが中国人の需要です。日本の高品質な家電製品、化粧品、医薬品などが中国人の”爆買い”の対象となり、日本企業の売上を押し上げています。

中国人観光客が急増した直接的なきっかけは、日本政府が観光ビザの発給要件を緩和したためですが、より本質的な背景としては、中国の中間所得者層の拡大があります。IMF(国際通貨基金)の統計によると、2018年における一人当たり購買力平価GDPは、日本人の44千USドルに対し、中国人は18千USドルと半分以下ですが、これを過去に照らすと1989年の日本人一人当たりGDPとほぼ同額になります。1989年当時の日本といえば、バブル絶頂期で個人消費が大きく盛り上がっていた時代で、車、スキー、海外旅行、ブランド品など消費の高度化が進みました。現在の中国人の消費も、同じ文脈で理解することできます。例えばスマートフォンは必需品としてすでに広く浸透しておりますが、近年は低~中価格帯品からより高機能な高価格帯品へと需要の中心が移ってきています。同様の傾向は車、化粧品、衣料品などあらゆるカテゴリで見られます。これまで最低限に抑えてきた消費意欲が徐々にグレードアップし、より品質の良いもの、より満足度の高いものを選択するようになってきているのです。

中国人の消費行動の変化を後押しするもう一つの背景は、都市化の進展です。都市化は、貧しい農民を生産性の高い労働者、消費者へと変えていくため、経済発展の過程で重要な役割を果たすと考えられています。中国政府は、産業構造、雇用、住環境、社会保障といったすべてを農村型から都市型へと転換させるため、長年にわたり都市化政策を推進してきました。この結果、2017年における中国の都市人口比率は58%と、10年間で約12ポイント上昇※2、人口に置き換えると2億人の都市部在住者が増加しました。中国全体では8.1億人の人口がすでに都市在住者となり、今後も残り5.7億人の農村在住者にもこの動きが徐々に拡大する可能性があるわけですから、消費財を扱うメーカーにとって最も有望な成長市場の一つです。

一方、2019年は日本のインバウンド消費の転換点となる年でもありました。中国政府によりEC法※3が施行された2019年1月以降、中国人バイヤーを中心とした購買が減少しました。これまで恩恵を受けてきたインバウンド関連銘柄からは業績見通しの下方修正が相次ぎ、株式市場では将来の成長性に対して悲観的な見方が広がりました。消費財担当者として、中国人の客足低下によってインバウンド消費の鈍化が避けられないことに異論はありませんが、その一方で積極的にアウトバウンドを仕掛けて成長を持続する日本企業にも注目したいと思います。これらの企業は、日本製品の強みである品質の高さを訴求するだけでなく、現地のニーズに合わせた提案を行うことで、力をつけてきた現地メーカーとの差別化を図っています。国内のインバウンド消費だけを見ていると、急速に変化する現地ニーズへの対応が遅れてしまうためです。特に近年は、商品開発から現地に任せる経営体制へと転換する日本企業が増えてきたように思います。

このように、中国人の消費の高度化、さらには東南アジアやインドへと拡大する中間所得者層の市場機会をうまく捉えることができれば、日本企業の成長ポテンシャルは大きいと考えています。これからも短期的な業績変化だけなく、中長期的な構造変化にも目を向けた調査活動を継続したいと考えています。

  1. 観光庁「訪日外国人消費動向調査」
  2. 中国国家統計局「中国統計年鑑2018年版」
  3. 中国 電子商務法。個人を含めた全てのEC(電子商取引)事業者に営業登録を課すことで、個人事業者の脱税や粗悪品の流通を防ぐ狙いがある。

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