アナリストの眼

増加する自然災害にどう向き合う-損害保険業界の視点から-

掲載日:2020年01月27日

アナリスト

投資調査室 峯嶋 利隆

気候変動と自然災害

2015年国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の一つに「13. 気候変動に具体的な対策を」という目標が掲げられています。ここでいう「気候変動」は、「地球温暖化とそれに伴う影響」と読み換えて概ね差し支えないと思いますが、その背景には温室効果ガス排出量の増加があるとされています。IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の第5次評価報告書によれば、観測事実として「気候システムの温暖化には疑う余地はない」とした上で、「人間の影響が20世紀半ば以降に観測された温暖化の支配的な要因であった可能性が極めて高い」と結論付けています。同報告書によれば、第二次産業革命以降すでに+1℃弱上昇した世界の平均気温は、今のペースで温室効果ガスの排出を続けると今世紀末にはさらに+3.5℃前後も上昇する可能性があるとしています。

地球温暖化の進行とともに、生態系、食物、健康への悪影響が懸念されるだけでなく、台風やハリケーン、豪雨、洪水、干ばつ、熱波、山火事などの自然災害の頻発化や激甚化なども懸念されています。IPCCによれば、温暖化が進むと、湿潤地域と乾燥地域、湿潤な季節と乾燥した季節の間での降水量の差が拡大するとのことです。気温の上昇で大気の飽和水蒸気量が増える中、水温が上昇した海面からの蒸発量も増えるので、結果として降水量が増えるというメカニズムは理解しやすいですが、実際には大雨のリスクが高まるだけでなく、干ばつのリスクも同時に高まるということですので厄介です。

大規模自然災害が発生しても損保各社は利益を確保

国内でもここ2年立て続けに大きな風水災が発生しました。私が担当する損保業界は、こうした災害発生時に、保険金支払いを通じて社会が受ける経済的損失を軽減する役割を果たしています。

国内自然災害に伴う発生保険金(元受ベース)は2018年、2019年と連続で1兆円を超える見通しです。市場シェアの9割弱を占める損保大手3社合算の経常利益が5年平均で8,500億円程度であったことを考えると、ここ2年の自然災害保険金がいかに大きな金額だったかがわかります。

ただ、大手損保各社はこのように大規模な自然災害の発生があった年度においても相応の利益水準を確保することができています(【図表1】【図表2】参照)。この背景には、各社が推進しているERM(Enterprise Risk Management、統合リスク管理)が奏功していることがあります。

図表1:国内損保大手3グループ合算の経常利益

(年度別、億円)

  • 出所:Bloombergデータを基にニッセイアセットマネジメント作成

図表2: 損保業界の主な国内自然災害の元受支払保険金

※除く地震

  • 出所:SOMPOホールディングス資料を基にニッセイアセットマネジメント作成

ERM(統合リスク管理)高度化が奏功

どの企業も事業活動を通じ何らかのリスクをとることで、リターンをあげようとします。保険会社の場合は、保険引受リスク(損害率等に起因するリスク)や資産運用リスク(保有する資産等の変動により損失を被るリスク)などが主要なリスクテイクの対象となります。リスクは小さければよいというものではありません。リスクをとらなければ、リターンを得ることはできないからです。重要なのは、自己資本が許容する範囲でなるべく多く「質の高いリスク」をとることです。損保各社は、重要指標であるROE(自己資本利益率)を【図表3】に示す通り分解して、ERMに活用しています。一定以上の健全性確保を前提にしつつ(②を一定水準以下に抑制しつつ)、単位リスク量あたりのリターン(①ROR:Return on Risks)が高い領域でのリスクテイクを進めています。

図表3: ERM(統合リスク管理)におけるROE分解の考え方

  • ※損保各社は、②の逆数を「ESR(Economic Solvency Ratio)」という経済価値ベースの健全性指標として重視。

では、損保会社にとって「質の高いリスク」(すなわちRORが高いリスク)とは具体的にどのようなものでしょうか。一言でいうと「大数の法則」が働く保険引受リスクであると私は理解しています。「大数の法則」は、典型的には「サイコロを振る回数を増やせば増やすほど1の目が出る確率が1/6に近づいていく」という事例をもって説明される統計学的な法則です。均質な保険契約が多数あり、かつ、個々の保険事故の発生原因が独立している場合、その契約プールから発生する保険金総額は統計的にある程度正確に予測できるということです。保険料率さえ適正水準に設定していれば、その契約プールからはブレの小さい保険引受利益を期待することができます。例えば、年間40万件も発生する交通事故リスクなどがこれに該当します。

他方で、自然災害は、発生頻度自体は少ない一方で、いざ発生すると多数の保険事故を同時に引き起こすリスクです。例えば、同じ自動車関連でも、大型台風発生時には一度に何万台もの自動車が水没するリスクもありますので、交通事故リスクとは性質が大きく異なります。自然災害リスクは、「大数の法則」が働きにくく、引受時に予め正確な損失額を見積もることが難しい「質の低いリスク」といえます。

そこで損保各社は、再保険(保険会社専門の保険会社であり、生保や損保の収益リスクに対して補償を行う仕組み)を効果的に活用しながら自然災害リスクの保有量をコントロールしています。また、中長期視点では、保険引受ポートフォリオのリスク分散(地域、種目の分散)を図るため、戦略的に海外M&A(企業合併・買収)等にも取り組んでいます。【図表4】は、M&Aの前後で、利益やリスク量にどのような変化が生じるかを、単純化して表したものです。当事例では業績シナジーを考慮していませんので、利益は既存ビジネスと買収対象ビジネスを単純合算すればよい一方、リスク量は単純合算よりも分散効果分だけ小さくなります(既存ビジネスと買収対象ビジネスが完全相関していないことが前提です)。したがって、買収に伴う「限界的ROR」(追加リスク量1単位あたりの利益の割合)は、買収対象ビジネス単体のRORよりも高くなります。損保会社のM&Aにはこうした狙いがあることを念頭に置くと、彼らの戦略をより理解しやすくなると思います。

図表4: 損保会社によるM&Aの経済効果のイメージ

  • ※業績シナジーは考慮しない。買収は余剰資本の範囲内で実施することとする(増資はしない)。
  • 出所:ニッセイアセットマネジメント作成

自然災害がさらに増えてしまうと…

ここ2年国内で発生した大規模自然災害については、損保各社のERM取組が奏功し、多額の再保険金を回収することで、うまく業績や財務へのインパクトを抑制できました。

ただ、今期以降、これまでと同様の再保険カバーを確保しようとすれば、再保険料の大幅な上昇というコストを負担しなければならなくなります。そうしたコスト上昇の一部は、元受保険料の値上げという形で保険契約者に転嫁されることになります。今後、国内風水災がさらに増加する傾向となれば、そのリスクはいよいよ民間保険会社の手に負えなくなり(ビジネスとしての持続可能性を失い)、家計地震保険と同様、政府による(すなわち最終的に国民負担が発生しうる)再保険事業として運営せざるを得なくなるかもしれません。

そもそも、自然災害で失われるリスクのある人命や生態系などは、いくら保険金を積まれても取り返しのつかないものです。ですから、人の努力で何とかなるものであれば、自然災害自体をこれ以上増やさない、できれば減らす取り組みが重要です。

気候変動への対応、キーワードは「緩和」と「適応」

もし、気候変動の主たる原因が人間の活動にあり、それが自然災害増加の原因となっている可能性が高いのであれば、ただ成り行きに任せるのではなく、やはり気候変動そのものを「緩和」(mitigation)することが重要です。具体的には、再生可能エネルギーの活用等により温室効果ガスの排出量を削減する、または植林などによって吸収量を増加させるなどの取り組みです。

ただ、国ごとの事情もあり、現実にはグローバルで足並みをそろえてそうした緩和取り組みを直ちに行うのは難しいことです。当面はある程度成り行きで温暖化が進行してしまうことを前提に、いざ「極端な気象現象」が発生した場合にしなやかに「適応」(adaptation)できる態勢を整えることも重要です。例えば、決壊リスクの高い河川の治水工事など、しかるべきインフラ整備を進め社会の強靭性(レジリエンス)を高める取り組みです。これらは、以下に示すSDGsの目標13で掲げられている通りです。

SDGs目標13「気候変動に具体的な対策を」

  • 13.1 すべての国々において、気候関連災害や自然災害に対する強靱性(レジリエンス及び適応力)を強化する。
  • 13.2 気候変動対策を国別の政策、戦略及び計画に盛り込む。
  • 13.3 気候変動の緩和、適応、影響軽減及び早期警戒に関する教育、啓発、人的能力及び制度機能を改善する。

株式アナリストとしても、気候変動は投資対象企業の事業の持続可能性を長期視点で評価する際の重要な判断材料となりえます。今後も、企業との建設的な対話等を通じ、気候変動に対する「緩和」と「適応」の取り組みが少しでも前進するよう貢献できればと考えています。

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