アナリストの眼

ESGに関する新しいテーマを考える:プロジェクト化現象(プロジェクティフィケーション)とは

掲載日:2019年04月11日

アナリスト

投資調査室 林 寿和

環境・社会・ガバナンス(ESG)に関するリサーチを担当している林です。当社における私の職種は「アナリスト」ですが、一般的にイメージされる株式アナリストのように、特定の業界・企業のリサーチを受け持っているわけではありません。私に課されているミッションの一つは、ESGに関する様々な事項について集中的にリサーチを行い、社内の業種担当アナリストや運用担当者に正しい情報を伝え、企業価値分析や投資判断に適切に反映されるように促していくことです。中でも力を入れているのが、次に注目されるであろうESGトピック(その多くは現時点ではESGという言葉では語られていないと思います)をいち早くキャッチし、社内に情報共有していくことです。

昨年(2018年)を振り返ると、ESG投資関係者の間では、世界的に広がる脱プラスチックの流れが今後の企業活動にどのような影響を及ぼすのか、活発な議論が行われました。もちろん、マイクロプラスチック(微小なプラスチック粒子)による海洋汚染の問題そのものは、専門家の間ではより以前から指摘されてきたものですが、投資運用の現場においては必ずしもホットな話題だったとは言えないと思います。脱プラスチックの次にくるホットトピックは何か、常日頃からアンテナを高く張り、思案していくことは重要なことだと考えています。

こうした観点から、ここでは私が注目しているトピックの一つを簡単に紹介したいと思います。そのトピックとは「プロジェクト化現象」です。

「プロジェクト化現象」という言葉はあまり聞きなれない言葉かもしれません。あるいは「字面からその意味はなんとなく想像できるけれど、具体的に何が言いたいのかピンとこない」というのが第一印象かもしれません。ですが、この「プロジェクト化現象」は、一部の研究者の間では「プロジェクティフィケーション」(Projectification)とも呼ばれ、大きな研究テーマとなっています。なお「Projectification」という言葉は、「Project」という英単語に、「○○化(すること)」を意味する接尾語「-fication」を付けて作られた言葉です※1

ここで注目されている変化とは、組織(企業等)おける仕事や業務の性質の変化です。近年、様々な業界において「定型業務(ルーチンワーク)」が減少していることが指摘されていますが、その一方で「より複雑なタスク」「より創造性が求められるタスク」「前例のない新しいタスク」へと迅速に対応するため、仕事・業務が「プロジェクト」へと変化する傾向にあることが指摘されています。同時に、情報通信技術(ICT)の進展によって、テレワークに代表されるように、時間や空間上の制約を越えて人々が様々なプロジェクトに関わることが容易になってきたことも、こうした変化を後押ししていると考えられます。

ここで興味深いデータを紹介したいと思います。ベルリン応用科学大学のイボンヌ=ガブリエル・スコッパー博士とノルウェー・アグデル大学のアンドレアス・ワールド博士らの研究グループが、2018年に『International Journal of Project Management』誌に発表した論文です※2。同論文によれば、プロジェクトに費やされた労働時間の割合が、2013年または2014年の時点(2013/2014)において、ドイツで34.7%、ノルウェーで32.6%、アイスランドで27.7%と推計され、またその比率はいずれの国でも上昇傾向にあることが指摘されています(下図)。ここでいう「プロジェクト」とは、「最低4週間以上の期間があり、少なくとも3人以上が従事する、明確に特定された目標を持つ非定型的な(ルーチンでない)タスク」と定義されており、必ずしも組織において「プロジェクト」と銘打った仕事や業務かどうかは関係ありません。建設業界やIT業界、コンサルティング業界など、仕事・業務がプロジェクト単位で進められるのが一般的な業界もありますが、スコッパー博士らの研究では、プロジェクティフィケーションが特定の業界にとどまらず、幅広い業界に広がってきていることも指摘されています。

グラフ:プロジェクトに費やされた労働時間の割合の変化

  • 出所:Schoper et al. (2018) pp. 78.
  • 国毎に調査が別々に行われたことなどの理由により、国によって年が一部異なっています。具体的には、ドイツは2009年、2013年、2019年、ノルウェーは2010年、2014年、2020年、アイスランドは2009年、2014年、2019年の数値です。

国全体で、プロジェクトに費やされた労働時間を正確に算出することは困難を極めるため、推計に頼らざるを得ないという限界はあるものの、プロジェクティフィケーションを定量的に検証した研究は極めて珍しく、スコッパー博士らの研究論文は各方面から注目されています。残念ながら日本に関する同様のデータは(少なくとも私の知る限り)存在しませんが、私たちの身近な職場(必ずしも営利企業に限りません)について考えてみても、実感が湧く方が多いのではないでしょうか(実際、私も、社内外で様々な「プロジェクト」に関わっていることに気付かされます)。

さて、このプロジェクティフィケーションですが、この現象が今後さらに進展していくことによって、企業組織の構造や体制のあり方、人事管理や組織マネジメントのあり方、さらには私たち一人ひとりの働き方までもが大きく変わっていかざるを得ないことは想像に難くありません。例えば厚生労働省の有識者懇談会が2016年に発表した報告書「「働き方の未来2035」~一人ひとりが輝くために~」には、次のような2035年の未来像が描かれています。

「2035年の企業は、極端にいえば、ミッションや目的が明確なプロジェクトの塊となり、多くの人は、プロジェクト期間内はその企業に所属するが、プロジェクトが終了するとともに、別の企業に所属するという形で、人が事業内容の変化に合わせて、柔軟に企業の内外を移動する形になっていく。その結果、企業組織の内と外との垣根は曖昧になり、企業組織が人を抱え込む「正社員」のようなスタイルは変化を迫られる。…中略…。企業に所属する期間の長短や雇用保障の有無等によって「正社員」や「非正規社員」と区分することは意味を持たなくなる。このように2035年には、企業の内外を自在に移動する働き方が大きく増えているに違いない。」(報告書9頁より抜粋)

この未来像は、プロジェクティフィケーションが極限まで進行した社会を描いたものといえます(ただし、この報告書ではプロジェクティフィケーションに関する定量的なエビデンスは示されていせん)。こうした社会が本当に到来するかは分かりませんが、昨今話題となっている、働き方改革、兼業・副業の解禁、同一労働同一賃金の徹底、就活ルールや新卒一括採用の廃止、あるいはクラウドソーシング(企業が自社の業務や課題解決を、インターネットを介して、様々な知識や技能をもつ社外の不特定多数の人々に委託する手法)の拡大といった様々な動向や変化も「プロジェクティフィケーション」という大きな潮流の中で捉えなおすことによって、より深い洞察が得られるように思います。

ESGを担当するアナリストとして、ESGのコミュニティの「外側」にいる専門家が着目している最先端のトピックを捉え、投資運用の現場にそれを伝え、議論を活発化させていくことは重要な役割の一つだと考えています。

  1. Projectificationという言葉は、パリ・エコールポリテクニークのクリストフ・ミドラー博士が1995年に発表した論文で初めて使われたとされています。(Midler, C. (1995). “'Projectification' of the firm: the Renault case,” Scandinavian Journal of management, 11(4), 363-375.)
  2. Schoper, Y. G., Wald, A., Ingason, H. T., & Fridgeirsson, T. V. (2018). “Projectification in Western economies: A comparative study of Germany, Norway and Iceland,” International Journal of Project Management, 36(1), pp. 71-82.

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