アナリストの眼

カーボンプライシングとCO2排出抑制の取り組み

掲載日:2018年11月19日

アナリスト

投資調査室 伊豫田 拓也

パリ協定の掲げる2℃目標(世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つという目標)の実現に向けて、すべての締約国はCO2(二酸化炭素)などの温室効果ガスの自主的削減目標を定め、目標達成に向けて取組を推進することになっています。日本でも2030年までに26%、2050年までに80%削減するように取り組みを強めていますが、現行の施策の延長線上では達成が難しく、新たなイノベーションが必要になっています。「カーボンプライシング」は、このような状況の中でイノベーションを促進する施策の一つとして注目されています。本稿ではカーボンプライシングの概要、および導入された場合のCO2排出抑制の企業の取り組みについて私見を述べさせて頂ければと思います。

カーボンプライシングとは、CO2排出量に対して価格を付け、財務上のコストとして認識させることで、排出の抑制を促すという考えのもと行われる施策です。カーボンプライシングとして代表的な手法としては、「炭素税」と「排出権取引(ETS, Emission Trading Scheme)」があります。

「炭素税」は、化石燃料の炭素含有量に応じて、生産事業者に課税する手法です。CO2を排出する企業等に、排出量に応じた税金を徴収することで、公平な負担を求めることができる一方、設定した税率によりCO2排出量をどの程度まで抑制できるのかを確実性をもって見通すことは難しいとされています。

一方で「排出権取引」は、あらかじめ国などが排出主体に対して排出する権利を割り振り、その権利を超過して排出する主体と下回る主体との間で権利の売買を行い、全体の排出量を調整する仕組みです。こちらは排出量の上限が見通せる一方で、排出する権利の配分やETSの義務を事業者ベースで遵守しているかどうかのチェックに莫大なコストが掛かるため、小規模事業者を対象とすることが困難とされています。

2つにはそれぞれにメリット・デメリットはありますが、どちらも低炭素社会実現のためには有効な手法とされており、世界各国でカーボンプライシングの導入が進んでいます。フィンランドやスウェーデンといった北欧の国々では1990年代に既に炭素税が導入されており、欧州全体では2005年にEU-ETSが導入されています。またアジア各国でも導入・検討されており、中国では全国排出量取引制度が2020年以降に開始されることが発表され、シンガポールでも2019年に炭素税が導入される予定です。

実は日本でも、「地球温暖化対策のための税(温対税)」として2012年10月から課税を開始しています。しかし先進的な欧州各国がCO2排出量1トンあたり2,000円以上の税率を設定している中で、1トンあたり289円と極めて低く、この税による価格上昇に伴う排出削減の効果はわずか1990年比で約0.2%と推計されています。

  • 但し、エネルギー課税やエネルギー消費量に関する基準なども、消費者や生産者に対して間接的に温室効果ガス排出の価格を課しており、これらを勘案すると日本の炭素価格は諸外国並みであるという考えもあります。

現在、環境省が中心になって追加的なカーボンプライシングの導入が検討され始めていますが、仮に欧州先進国並みの負担が求められるようになれば、どのように変化があるでしょうか。生産体制の見直しや生産技術投資の促進等、CO2排出抑制の取り組みが進むことは予想されますが、私が特に注目しているのは企業によるCO2排出抑制に向けた意識変化です。

排出量が財務データに影響を与えるようになると、排出抑制の取り組みと企業価値向上の繋がりが明確になります。これまで企業は取り組みに対して慎重な見解でしたが、今後は排出抑制が社内目標に組み込まれることで、社内での意識変化が加速することになると考えます。

このようにカーボンプライシングは企業のCO2排出抑制の取り組みの姿勢を変化させ、企業が持続的成長を続ける上で大きな影響を与えると考えます。今後もカーボンプライシングの動向については注視していきたいと思います。

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