アナリストの眼

SASB(米国サステナビリティ会計基準審議会)の行方や如何に

掲載日:2017年06月01日

アナリスト

投資調査室 林 寿和

日本株式のアナリストが所属する投資調査室にて、環境・社会・ガバナンス(ESG)に関するリサーチを担当している林です。今回は、いま私が注目しているSASBについて私見を述べたいと思います。

SASBとは

SASBは、米国で、企業の非財務情報(ESG情報)開示の基準作りを進めている非営利組織の名前です。正式名称はSustainability Accounting Standards Board、日本語では「サステナビリティ会計基準審議会」と訳されます。

国内外に様々な開示基準がすでに存在

ESG情報の開示項目や内容を定めた基準は、これまでも様々なものが開発されてきました。その嚆矢は2000年に策定された「GRIガイドライン」です。GRIガイドラインは、米国史上最悪の原油流出事故とされるバルディーズ号事故をきっかけに発足した環境NGOのセリーズが主導して策定されました。15年以上の歴史があり、今日、上場企業がCSR報告書やサステナビリティ報告書を作成する際に、最も参照されている基準の一つです。日本の上場企業の開示資料でも、GRIガイドラインに準拠して作成された旨の記載を見かけることは少なくありません。

また、昨今では、「国際統合報告フレームワーク」を参照した「統合報告書」の作成・公表も一つのトレンドになっています。2016年末時点で統合報告書を発行した日本企業は320社にのぼるとされています(2016年10月25日付け日本経済新聞)。他にも、東京証券取引所が定めている「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」や、環境省が定めている「環境報告ガイドライン」など、日本固有のものもいくつか存在しています。

SASBによる開示基準も、こうした開示基準の一つですが、開発が始まったのは2011年と比較的最近です。

SASBは何が新しいのか

先程述べたとおり、国内外にはすでに様々な開示基準が存在しています。そうした中、SASBの特徴はどこにあるのでしょうか。いろいろな違いはあるのですが、私が着目するのは次の2点です。

1点目は、その作成プロセスです。SASBの公式発表によれば、これまでに2,800人を超える実務家(企業関係者・コンサルタント・アナリストなど)や研究者などが個人単位でSASBのスタンダードの開発に関わってきました。彼ら/彼女らの多くは、SASBの呼びかけに自主的に参加表明した人たちです。各参加者の動機は様々なものがあると思いますが、ある特定の団体や、狭い範囲での有識者コミュニティによって作成されたものでは必ずしもありません。私もSASBの開発が始まった当初から、この動きに注目してきましたが、そのダイナミックさ、そしてSASBの求心力の高さには目を見張るものがありました。SASBによる基準開発は、ある種のオープンイノベーションと言っても良いかもしれません。

二つ目の理由は、マテリアリティ(開示情報の一義的な利用者である投資家の投資判断にとっての重要性)を追求し、極めてシンプルなミニマム・スタンダードを実現している点です。私は仕事上、企業のCSRやIR部門の方とお話する機会がありますが、「開示基準が多すぎる」「開示基準の内容が細かく複雑だ」「苦労して開示しているのに、それは本当に読まれているだろうか」といった声を聞くことがあります。SASB自体も開示基準を新たに増やしてしまっている一面はあるものの、必要かつ最小限を追求するというコンセプトは、こうした問いに一つの解決策を提示しているように思えてなりません。

ミニマム・スタンダードとしてのSASB

SASBのスタンダードは79の業種別に細かく分けられ、開示すべき指標や項目を具体的に示しています。業種によって多少の幅はありますが、開示すべきとされている指標・項目は1業種あたり平均で13に限られます。他の開示基準に比べるとシンプルさが際立っています。日本企業の開示資料においても、SASBを参考にした旨の記載を見かけることが徐々に増えてきました。米国上場企業を念頭においた開示基準ですが、日本企業にも注目されはじめています。

もっとも、SASBはあくまでミニマム・スタンダードです。したがって、企業による創意工夫を凝らした積極的な情報発信を否定するものではありません(投資家の立場にある一個人としては、積極的な情報発信は歓迎すべきものと考えています)。

現在のSASBの位置付け、今後

さて、このSASBが開発を進めてきた開示基準ですが、現時点では、あくまで民間の非営利組織が作ったもの、という位置付けにすぎません。しかし、SASBは米国証券取引委員会(SEC)による採用を目指して、働きかけを強めています。

そもそも、SECによる会計ディスクロージャー制度の特徴は、SEC自らは書式など形式面を定めることに徹し、具体的な基準制定は民間団体に権限委譲している点にあります。財務会計基準についてはFASB(財務会計基準審議会)が1973年に選定されて以来、この関係が続いてきました。したがって、SASBのような外部の民間団体が作成した開示基準が、開示規制に採用される土壌があるのです。

昨年、SECは財務諸表項目以外の非財務情報についての開示規則である「レギュレーションS-K」の見直しに向けた意見募集を行いました。昨年7月21日に締め切れられた意見募集には、合計で2万5千通以上の意見が寄せられ、非財務情報(ESG情報)の開示充実策を求める声も多数寄せられたといいます。こうした一連の動きから、FASBとは別に、非財務情報(ESG情報)に関する基準制定団体としてSASBが選定されるのではないか、という見方が強まっています。

ESG投資に携わる者として、いまSASBの動向からは目が離せません。

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