アナリストの眼

企業の社会的責任と企業価値向上

掲載日:2014年10月28日

アナリスト

投資調査室 笹本 和彦

「企業の利益創出のみに着目するアナリスト業務に疑問を持っていた。社会的責任投資に出会え、ようやく自分の理想とする投資手法に辿りついた」

これは2006年、私がロンドン駐在時に当地で開催されたSRI(Socially Responsible Investment - 社会的責任投資)の投資家フォーラムでたまたま私と隣り合わせた米国人の言葉です。彼は数年にわたるバイサイド・アナリスト経験において、企業に対し人員リストラ等社会的利益に反する収益向上策を提言、或いはそうした企業への投資を推奨している自分に嫌気が指し、米国のSRI専門の運用会社に転職し、はるばる海を渡って当フォーラムに出席したとのことでした。

同氏は「企業は気候変動等の環境問題・その他社会問題に対し責任を果たす必要がある。投資家はそれらの問題に対する企業の対応を投資基準として採用することで社会的責任を果たすことができる」と誇らしげに主張します。当時「顧客から預かった資産を増やすのが受託者責任」との信念のもと欧州株の分析に注力していた私は、十分に咀嚼することができないまま「企業が社会的責任を果たすべきとの考えには同調するが、もし本業よりも環境・社会への投資を優先し、結果として財務パフォーマンス・株価の低迷につながったらどうするのか?」と質問したところ、「それでも理解ある顧客であれば、投資により社会貢献を行えたことで満足を得るはず」との答えが返ってきました。同氏の議論は心情的に同調したい部分こそあれ確信に至るほどの説得力はありませんでしたが、いずれにせよたった数分間の同氏との会話は「企業の社会的責任達成と企業価値向上の両立」についての問題意識を構築する上で、極めて重要なきっかけを与えてくれました。

さて、当時から8年の月日が流れました。その間、運用業界では国連の「責任投資原則(PRI: Principle for Responsible Investment)に署名する運用機関の増加と共に、運用パフォーマンスに重点を置きながら、企業の環境(Environmental)や社会(Social)、ガバナンス(Governance)にも配慮を行う「ESG投資」の考え方が生まれ、発展してきました。ニッセイアセットもPRI署名運用機関として、アナリストチームの収集する非財務情報をESGという軸で括り直し、企業価値評価に取り込むことでその活用を図っています。こうした取り組みを行うなかで、現在では私自身の当初の問題意識であった「企業の社会的責任達成と企業価値向上の両立」に対しても「企業の取り組み次第では十分に可能」との考えを持つに至っています。

例えば先日私が参加した食品企業A社の工場見学会では、工場周辺の生態系維持や製造・輸送過程でのCO2排出量削減への強い取り組みを確認しました。それらは一定の投資資金を必要とするものの、その効果として消費者のブランドイメージが向上すれば市場シェア上昇、ペットボトル軽量化や配送効率化によるCO2削減はコスト削減という形で、財務パフォーマンスの観点からも十分に回収が可能です。またそれらの取り組みを通した工場周辺住民との共生や、A社が営む飲料事業の原料となる水資源の確保は、同社の長期サステイナブルな収益成長には不可欠であり、まさに「長期予想収益の現在価値としての企業価値」の向上に直結するものと考えられます。A社はそうした「投資」と「回収」に対する理念を明確に保有した上で実績管理もしっかり行っており、「企業の社会的責任」と「企業価値向上」を見事に両立させているとの印象を持ちました。

A社の他にも、個社状況に応じて様々な工夫を行い、社会的責任と企業価値向上の同時達成を目指す企業が増えてきており、こうした企業を見極めるのみならず、資本市場からの助言を行ってゆくこともアナリストとしての重要な責務と認識しています。企業が社会的責任を果たすと同時に企業価値を向上させる、そのためのアドバイスを運用機関が行うことで受託者責任を果たす、そのような好循環を世に生み出してゆけるよう、微力ながら貢献して行きたいと考えています。

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