アナリストの眼
復活なるか、日本の建設業界
掲載日:2013年10月29日
- アナリスト
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投資調査室 佐藤 啓吾
アベノミクスと東京オリンピック決定で光明が差しつつある建設業界
デフレ経済脱却に向けた政策効果が期待される中、2020年の東京オリンピック招致決定の追い風もあり、長らく低迷していた日本の建設セクターにも再成長の期待が生まれてきました。過去20年程の日本国内の建設市場を振り返ると、公共事業関係費の削減による政府投資の減少や、デフレ経済下での民間建設投資の減少で、H4年度に約84兆円あった建設投資はH22年度には約41兆円にまで落ち込みました。その間、日本のゼネコンは業績的に非常に苦しい局面だったと言えます。しかしH22年度をボトムに建設投資は増加、今年度は公共工事の補正予算執行の本格化も下支えとなり約50兆円にまで回復する見通し。その後も、補正予算の反動などが一時的に影響を与える可能性があるものの、民間の設備投資回復や、東京オリンピック招致決定を契機とした老朽化インフラ対策投資の前倒しなど息の長い建設需要の増加が期待できると考えられます。
光あるところに影もあり
ただ、そんなバラ色の業績回復を素直に歓迎できない構造的な問題が一つあります。それが、建設業界における労働者・現場監督の減少と高齢化問題です。すなわち、建設業界自体の施工能力の限界および減少が懸念されているということです。建設業の就業者数はH9年の約685万人をピークにH24年の503万人まで減少、若年者の割合も少なく就業者全体に占める29歳以下の割合(H23)は、全産業の17.3%に対して、建設業は11.8%と低水準です。背景としては、収入の低さ・労働環境の厳しさを理由として若手の技能労働者の就労が減少している点が挙げられます。その実態を表すように、H23年度から増加し始めた建設投資に歩調を合わせるように、建設技能労働者過不足率は直近8月までで、28ヵ月連続でプラス圏の状態(=不足状態)が続いております(国土交通省「建設労働需給調査」)。このような事態が長期化した場合、ゼネコン業界の施工能力がボトルネックになり売上高が伸びないことに加えて、人材調達難による労務費上昇が災いし、工事利益率低下により企業業績が低迷する可能性も考えられます。そのため、今後はゼネコンが顧客であるデベロッパーに対してどれだけ建築単価の引上げを要請できるかが注目テーマの1つになります。
財政出動だけではない、国の取り組み
一方、政府は現在、このような構造的な労働者不足問題の解決に向けて本格的に取り組み始めています。例えば今年度、公共工事の工事費積算に用いる設計労務単価の引上げと、建設業団体に技能労働者への適切な賃金支払いと労働者の社会保険加入の徹底を要請するなどの施策を実施しています。また、公共工事入札の際に現場の技術者・技能労働者の若手比率を加点要件に組入れる法案も検討するなど、建設業界の長期かつ継続的な適正利潤の確保に向けて動き出しており、こういった政策面での対応も建設業界の今後を見る上での注目点になります。
建設業界の未来をイメージする
当面増加が見込まれる建設需要に対し、就労者の若返りと施工能力の継続的な確保に向けて動き出した建設業界ですが、将来的な人口減少が予想される日本においては、本当に必要な社会インフラの規模を精査するべき時代が到来し、その要請にあった高度な技術力をもった企業のみが生き残るといった局面も来るかもしれません。また、建築の技術力を活かして、海外市場で成長機会を見出し、成功できる企業が生まれる可能性もあり、グローバルに建設分野で活躍する企業が増えるならば、建設業界のアナリストとしては非常に喜ばしいことですし、縮小均衡に向かう国内市場にとらわれない本当の意味での日本の建設業界の復活がそこにあるのではないかと思います。東京オリンピック決定などの短中期的なイベントだけでなく、長期の構造的な変化を意識しつつ、その中で安定的に企業価値を向上していくことのできる銘柄の調査発掘に邁進したいと考えております。
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