アナリストの眼
PCの選択基準
掲載日:2012年03月22日
- アナリスト
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投資調査室 井上 渉
皆さんはPCを購入しようと思ったとき、どのような基準で製品を選んでいますか?ブランド、デザイン、重さ、価格、CPU、OS(オペレーティングシステム)、ハードディスク容量、ユーザーサポート体制など、各々がさまざまな判断基準をお持ちかと思います。中でもCPUとOSのバージョンアップは、PCの買い替えを促す起爆剤として今日まで機能しており、最新CPUや最新OSを目当てにPCを買い換えた方も大勢いらっしゃることと思います。
これまで、CPUはインテル、OSはマイクロソフトが高いシェアを持っており、「ウィンテル」という造語が作られるほどPC業界ではこの2社が強い支配力を持ってきました。ウィンテルが決めたロードマップに沿って製品開発が進み、利益もウィンテルが突出して高い業界構造が続いてきました。しかしながら、長く続いたウィンテル支配にも綻びが見え始めています。
その大きな要因はアップルが火を付けた、スマートフォンやタブレットデバイスの登場です。両者はPCと同じくらい高性能なCPUが搭載され、PCと同じくらい高機能なOSが必要とされます。一見するとウィンテルにとってはビジネスチャンスと思われますが、スマートフォンやタブレットデバイスの世界では、ウィンテルの存在感は非常に低いのが現状です。スマートフォンやタブレッドデバイスはモバイルが前提であり、限られた電池を長持ちさせる技術(低消費電力)が評価ポイントとなるため、英ARM(アーム)社の技術をベースに設計されたアップルや米クアルコムのCPUが市場を席捲しています。消費電力を犠牲にして高機能化に勤しんできたインテルは、完全に出遅れてしまいました。また、スマートフォンのOSは基本的に無料(スマートフォン本体に付属)であり、OSを提供するアップルやグーグルは第3者が作成したアプリケーションの販売プラットフォームの魅力度を競うことで、自社製品の差別化や課金収入を得るビジネスモデルを既に確立しています。これはOSを消費者に直接販売してきた、マイクロソフトのビジネスモデルとは大きく異なります。
スマートフォンやタブレットデバイスの世界で出遅れてしまったウィンテルですが、主戦場のPCでも防戦を迫られています。きっかけはやはりアップルが火をつけた超薄型PCです。アップルはマックブックエアーという商品名でノートPC市場のシェアを獲得し続けており、マイクロソフトのOSを搭載しないPCとしては異例の売れ行きを見せています。また、英ARM社もPC向けCPUを開発中であり、来年にはインテルの牙城に攻め込む準備が整う予定です。特に、マイクロソフトはウィンドウズ8からインテルに加えて英ARM社向けCPUもサポートを開始することを決めており、インテルは劣勢に立たされることが予想されます。
更には、ウィンテルはクラウドコンピューティングとも戦わなくてはなりません。クラウドコンピューティングとはインターネットを活用したコンピュータの利用形態で、具体的には、従来はPC側で行っていたソフトウェアの起動や演算を、インターネットを介してサーバー側で行わせる方法です。CPUを使う作業を全てサーバー側に任せることになりますが、ユーザーはどちらのCPUで起動や演算をしているのか意識せずに利用することができます。この方法ならば、各PCに高性能なCPUや高機能なソフトウェアを搭載する必要は薄れ、サーバー側にのみ高性能CPUと高機能ソフトウェアが搭載されていれば良いことになります。
クラウドコンピューティングの台頭は、電子部品メーカーなど既存のサプライヤーにとっては脅威になる可能性があります。なぜなら、CPUを使う作業は全てサーバー側に集約されるため、PC本体には「ほどほど」のスペックで十分ということになるからです。例えば、エクセルやワードといった、私たちが頻繁に利用するソフトウェアも、PC本体にインストールする必要がなくなります。結果的に、PCは更に低価格化が進むことになるでしょう。これまでインテルの高機能化の恩恵を受けてきた電子部品メーカーにとっては、死活問題になりかねません。CPU周りの受動部品やハードディスクドライブ(大容量ストレージはサーバー側のみ)など、内臓部品がスペックダウンされる一方で、ディスプレイや筐体、キーボードなどのユーザーインターフェース周りに、付加価値の高い製品が採用される可能性が高まると予想しています。
そういう意味では、冒頭でお話した、最新CPUや最新OSという「高性能」「高機能」を目当てにPCを買い換えるという行為自体が、近い将来はナンセンスになる可能性を秘めています。スペックは「並機能」「並性能」で十分という世界が迫りつつある中で、現在注目されているキーワードが「高速」です。アップルのマックブックエアーが売れている要因の一つが高速起動であり、自社OSを採用している(ウィンドウズを採用していない)ことに加えて、ハードディスクドライブの代わりにSSD(ソリッドステートドライブ)を搭載することで高速起動を実現しています。マイクロソフトもウィンドウズ7より速さを意識したOS開発にシフトしていますし、インテルも「ウルトラブック」という新たな製品カテゴリーを定義し、起動時間をその条件の一つとして加えています。高速化技術は今後最も注目される領域の一つであり、その先鞭としてSSDの搭載が更に進むものと見られています。
今年のクリスマス商戦ではウルトラブックと命名された、インテルCPUを搭載した高速起動のノートブックPCが数多く発売される見通しです。「高性能」「高機能」を売りにしていた昨年までと少し趣が異なる商戦になりそうですので、注目していただければ幸いです。ポイントは「高速」です。
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