アナリストの眼

ヘルスケア企業の多角化戦略について

掲載日:2011年02月22日

アナリスト

投資調査室 八並 純子

グローバルのヘルスケア企業では、近年多角化の動きが加速化しています。ここでの多角化は、ヘルスケア事業のなかでの事業ポートフォリオの分散です。古くから多角化を基本戦略としてきたのは米国のジョンソン・エンド・ジョンソンです。目指している、あるいは、気にしているヘルスケア企業はどこかという問いをすると、最も多くの日本の医薬品企業の経営者の方がお答えになる会社でもあります。ジョンソン・エンド・ジョンソンは医薬品、医療機器、コンシューマーの3つのビジネスポートフォリオをもっています。

昨年開催されたノバルティスの企業ミーティングでは、基本戦略としての多角化戦略をハイライトしていました。彼らは医療用医薬品、アイケア、ジェネリック、コンシューマーヘルス、ワクチンの5つの事業ポートフォリオを持っています。医療用医薬品企業ではなく、ヘルスケア企業として成長していくということを強調しています。かつて医薬品事業への選択と集中を進めていたファイザーもビジネスポートフォリオの多角化に舵をきり、ワイスとの統合でワクチンやコンシューマビジネス(かつてジョンソン・エンド・ジョンソンに売却)、アニマルビジネスなどのポートフォリオを強化しました。

なぜ多くのグローバルメガファーマが多角化戦略に舵をきるのか。ひとつには医療用医薬品産業の開発リスクの高まりがあります。がんやアルツハイマーなどアンメットメディカルニーズ(いまだ満たされない医療上の必要性)領域は開発が難しい領域です。また、慢性的に飲むような疾患では、臨床段階でリスクを見極めるべく多くの患者さんを使った臨床試験が必要になってきています。多くのお金をかけて試験を行っても、途中で中止になる、あるいは、審査の段階で承認にならないケースも増えています。糖尿病など、多額の臨床開発試験費用が必要な領域では、リスク分散のための共同開発の動きもでています。

新興国でのビジネス機会の広がりも多角化を後押ししているでしょう。中国を例に考えると、沿岸部では先進国と同様の高い水準の医療が多くの人に提供されています。一方で、内陸部では現在医療インフラの整備を始めたところです。医薬品で考えると、最先端の抗がん剤とジェネリックやワクチンのような基本的薬剤の両方にビジネス機会があります。同時にコンシューマー商品を使ったブランド認知戦略も重要になってきます。新興国では高いGDPの成長とともに、ヘルスケア支出のGDPに対する比率の上昇も期待できるため、ヘルスケア産業はGDP以上の高い成長が期待できます。これらの急速に立ち上がる市場機会をとらえるには、コンシューマーやワクチンから医療用医薬品まで多くのビジネスをもっておくことが重要になってきます。

医薬品と医療機器の融合も成長分野として期待されています。たとえば、インスリン自体は古い薬剤ですが、どのように投与するか、あるいは、投与するデバイスをより簡便で患者さんにとって苦痛の少ないものにできないのかといった部分では現在でも改良が続けられています。眼科分野でも従来は手術でしかなおらなかった病気が薬剤でなおるようになるものもでてきました。患者さんにとって手術がいいのか、薬剤治療がいいのか、ある領域医療機器と医薬品、両方を持つことでビジネス機会を広げられる、あるいは、効率的な営業をすることができます。

ヘルスケア産業における多角化は新薬開発リスクに伴うキャッシュフローの不確実性を低下させ、市場で決定されるリスクプレミアム(上乗せ分の期待リターン)を低下できる可能性もあります。一方で、どの分野にキャッシュを再投資していくか注意深くみていく必要はあります。ノバルティスの経営ミーティングでも、ヘルスケアの中でも高い成長が期待できるセクターにフォーカスしていく、あくまでもR&D(研究開発活動)の強みを最大化させるといった点を強調しています。

ノバルティスの経営ミーティングでは、グローバルのヘルスケア市場の2010年から2015年の平均成長率は5%としています。成長の牽引役となるのは高齢者人口の増加とそれに伴う慢性疾患需要の増加、新興国の成長、テクノロジーの進化としています。新興国での医療支出の増加の一方、先進国では既存薬剤への価格プレッシャは高まっています。急速に変化する市場のニーズに対してどのように対応していくか、グローバルのヘルスケア産業の成長をどのように享受していけるか、企業の変化に注目していきたいと思います。

アナリストの眼一覧へ

「アナリストの眼」ご利用にあたっての留意点

当資料は、市場環境に関する情報の提供を目的として、ニッセイアセットマネジメントが作成したものであり、特定の有価証券等の勧誘を目的とするものではありません。

【当資料に関する留意点】

  • 当資料は、信頼できると考えられる情報に基づいて作成しておりますが、情報の正確性、完全性を保証するものではありません。
  • 当資料のグラフ・数値等はあくまでも過去の実績であり、将来の投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。また税金・手数料等を考慮しておりませんので、実質的な投資成果を示すものではありません。
  • 当資料のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。
  • 手数料や報酬等の種類ごとの金額及びその合計額については、具体的な商品を勧誘するものではないので、表示することができません。
  • 投資する有価証券の価格の変動等により損失を生じるおそれがあります。