アナリストの眼

「過ぎたるは及ばざるが如し」~預金再考~

掲載日:2010年12月22日

アナリスト

投資調査室 峯嶋 利隆

最近、金融機関の自己資本規制について盛んにグローバルで議論されていることもあり、邦銀と外銀を比較する機会が増えています。そうした比較をする際、一銀行アナリストとしては、邦銀の自己資本の水準や質は外銀と比べてどうか、という点がまずは気になりますが、広い意味で金融関連ビジネスに従事する者としては、むしろ邦銀の収益性の低さや、その背景にある預貸率*1の低さの方が気になります。

  1. 預貸率とは、金融機関の預金残高に対する貸出残高の比率のことで、これが低いということは、貸付による運用だけでは預金を余らせてしまっていることを意味します。

邦銀の収益性が低いのは、預金が多すぎるせい・・・?

銀行の一義的な使命は、資金余剰主体(預金者等)から資金不足主体(企業等)におカネを流すという、金融仲介機能を果たすことです。
しかし、すでに成熟期入りしている日本経済においては、かつての経済成長の成果としての個人金融資産は豊富に存在する一方、それに対して十分な投資機会が存在しているとはいえない状況です。こうしたカネ余りの状況下では、企業の借入需要に対して預金は慢性的に余ってしまうため、貸出金利は本来の与信リスク等を反映した適正水準よりも低くなりがちです。これでは、銀行の本丸である預貸ビジネスの収益性が低くても仕方がないのかもしれません。

日本企業の収益性が低いのも、預金が多すぎるせい・・・?

銀行が預金を持て余し、低金利で企業向け貸出に応じてしまう結果、企業側でも収益性改善に対する取り組みが怠りがちとなります。もしも、借入金利がリスクに見合った適正水準に設定されれば、企業は収益を落とさないようにバランスシートを圧縮する方法を真剣に考えるようになるでしょう。日本企業がスリムなバランスシートで筋肉質な収益体質を築けば、市場参加者もそれを高く評価するのではないでしょうか。

市場価格の歪みも、預金が多すぎるせい・・・?

銀行は貸出だけでは持て余してしまう預金を大量の国債購入に充てています。一方、自己資本規制厳格化を見据え、自己資本の不測の変動要因となりうる株式については圧縮を進める方針です。つまり、預金は、間接的に低金利の企業向け貸出や国債市場には流れ込みますが、株式市場に流れ込むわけではありません。
銀行は、投資対象としての魅力が相対的に低い国債を消去法的に購入しています。そうした性質のおカネが大量に存在すれば、金融市場の需給構造や価格形成が歪んでもおかしくありません。 実際、危機が顕在化したギリシア財政並みの深刻な財政赤字を抱えながらも、日本国債がグローバルで最低水準の金利で取引される一方、東証一部上場銘柄の6割以上が純資産価値を下回る株価水準で取引されている状況を見ると、日本においては、銀行の主要運用対象である円金利資産が過大評価される一方、そうではない株式は過小評価されているように見えます。

日本の財政規律が緩いのは、預金が多すぎるせい・・・?

もし、銀行の預金量が適正規模で、「消去法的」な国債購入にまわすおカネがなければ、今のような大量安定消化構造は崩れ、国債金利は上昇するでしょう。ただ、逆にそれが警鐘となり、財政再建に向けた真剣な取り組みが促されるのではないでしょうか。

でも、預金なら1000万円までは安全だから・・・?

それでも預金におカネが集まってしまう背景には、「1000万円までの預金を保護」する預金保険制度の存在があると思います。これは信用秩序を維持するための重要な仕組みですが、この仕組みを維持するために相応のコストがかかっていることも意識しておくべきです。預金者が間接的に負担する預金保険料は現在0.084%で、これは一般的な3年定期預金金利とほぼ同水準です。当制度が問題なのは、銀行の信用力の優劣にかかわらず保険料率が一律である点です。通常、信用力が高い銀行では預金金利は低く設定されますが、預金者が間接的に負担する保険料は一律であるため、そうした銀行の預金者は実質的により多くの負担を強いられることになります。逆にいえば、信用力の優劣に関わらず、銀行に多くの預金が集まっている可能性もあるわけです。

「貯蓄から投資へ」は銀行も歓迎

ここまで読んでいただければ、当敲のタイトル「過ぎたるは及ばざるが如し」の意味するところをご理解頂けたと思います。 では、預金量が適正規模まで縮小した場合、銀行業績はどのような影響を受けるでしょうか。個人金融資産の総額が変わらないと仮定すると、預金の減少分は他の金融資産へのシフトを意味します。銀行は窓口や関連証券会社等を経由し、投資信託や個人保険をはじめ様々な投資商品を販売しており、預金の減少分を他の投資商品の販売で再度取り込むことができます。その場合、銀行は預金減少分にかかわる資金利益を失う一方で、投資信託等の販売手数料や信託報酬などの収益を得ることができます。また、預金の減少分はバランスシートやリスクアセットが圧縮されるため、自己資本比率の改善効果も期待できます。資金利鞘が低水準にとどまっている現状を踏まえれば、預金から投資信託等へのシフトは、銀行の資産収益性にとってトータルでプラスに影響するものと考えられます。つまり、「貯蓄から投資へ」の動きは、銀行にとっても歓迎すべきと考えます。

Win-Win-Winへ

我々は、優れた運用成果をあげるという使命を果たすことで、個人(受益者)、銀行(販売会社)、運用会社の三者間でWin-Win-Winの関係を築き、その関係を長く続けられるよう、精一杯頑張りたいと思います。

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